メシを食う気がしないんですよね。
村田諒太は苦笑いを交えて、つぶやくようにして言った。
「筋肉を回復させるために食べるとか、明日の練習内容に合わせてこういう食事にしようとか、ボクシングをやり始めて20年くらい、味を楽しむための食事ではなかった。今、体をつくるわけでも、明日(体を)動かすわけでもないから、食事に対する興味がなくなっているんですよ」
日本ボクシング史上最大のメガマッチとなったゲンナジー・ゴロフキンとのWBA、IBF世界ミドル級王座統一戦から、はや1カ月半が過ぎた。激戦を物語っていた顔の傷跡はすっかり消えていた。
百戦錬磨の英雄を執拗なボディー打ちで追い込みながらも、中盤から挽回されて最後はカウンターの前に沈んだ。
プロ初のTKO負け。とはいえあれだけのド突き合いを見せたのだ。“祭りのあと”は心から解放された彼が待っていると勝手に思い込んでいた。
むしろ、逆だった。燃え尽き症候群の類ではない。ゴロフキン戦に臨むための自分と向き合う作業は、いまだ終わっていないように見えた。現役を続けるか、引退するかの結論は出ていない。迷っているのではなく、答えが湧き上がってくるのを待つ時間のなかにいる。解放感なく続く己との戦いが、食事から味気をなくしているのだと思えてならなかった。
インタビューの主旨はゴロフキン戦のレビューである。スッと息を吸い込んだ村田の口からは先に総括が飛び出した。
「負けるべくして負けた。それだけの話なんです。僕が一生懸命、練習してきたのは事実。ただ自分の得意なパンチを得意な距離で打つっていうその精度を高めることばかりやってきた。それがうまくいって、ゴロフキンもひるみましたよ。やべえなっていう顔もしていましたから。
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