サーフィン女子の松田詩野が、全32競技を通じて日本勢のパリ五輪代表“内定第1号”となった。パリ五輪予選を兼ねたワールドゲームズ(WG)が5、6月に中米のエルサルバドルで開催され、松田は自己最高の13位。東京五輪銅メダルの都筑有夢路や前田マヒナらを上回り、アジア1位の成績を収めた。
国際連盟は今大会でアジアなど4大陸の1位選手に対し、来年2月のWG(プエルトリコ)に出場した時点で五輪出場権を与えることを決めており、松田は条件付きながらパリへの切符を手にした。
「チームのみんなとハグした時は泣きました。パリ五輪は笑顔で挑みたい。五輪を通してサーフィンを知ってもらいたい」
うれしさを噛みしめるのは2年前の悔しさがあったからだ。小1でサーフィンを始めた松田は、サーフィンが東京五輪の新競技に決まった'16年に中2でプロに転向。'19年のWG(宮崎)でアジア最上位の15位になり、東京五輪の代表に条件付きで内定した。しかし、コロナ禍で五輪は1年延期。最終選考会となった'21年のWG(エルサルバドル)は重圧による焦りが出てしまい、前田と都筑に逆転されて五輪を逃した。
それから2年。ひとまわりたくましくなった20歳は、前回悔し涙を流したのと同じ地でリベンジを果たし、新しいスタートを切った。「過去の自分を超えられた」と語る口調には自信がみなぎっている。
パリ五輪が行なわれるフランス領タヒチでは、世界最難関と言われる波が松田を待つ。五輪会場のチョープーは波の高さが5mを越すことが珍しくなく、時には7mの高さに達してチューブ状に巻く。“着地”の際に少しでもタイミングがずれると足首や膝に衝撃が加わり、ケガにつながる。
松田は、「サイズが大きく、日本にはないような波。恐怖心もあるけど、そこで自分がどれだけ限界を超えられるか。波に巻かれた時の安全な上がり方など、基礎を学んでいきたい」と表情を引き締める。
そのためには五輪の早期内定をうまく生かすことが必須で、まずは7月にタヒチで行なわれる国際連盟主催の合宿に参加する。「五輪へフォーカスしたい」と語る松田。チャーミングな笑顔には、悔しさを乗り越えた強さが備わっていた。