2021年7月23日は不思議な日だった。東京五輪の始まりを告げる日だと言われていたが、朝からどこかひっそりとしていた。いつもなら人で溢れている地下鉄の車内は空席が目立っていた。多くの人は連休を利用して東京を離れたようだった。
だが、国立競技場へ近づくにつれて街の様相は一変していった。JR千駄ケ谷駅の改札を出ると、歩道が人で埋まっていた。車道にまであふれた人々は制御しようとする警官を飲み込み、マスクをした顔と顔が触れ合わんばかりに押し合っていた。
「だって一生後悔することになるかもしれないから!」
年配の女性はそう言うと、窒息してしまいそうな人混みの中へ飛び込んでいった。
緊急事態宣言が出され、ウイルスの感染拡大が再び始まった大都市の中で、人々は肩をぶつけ合いながら一様に空を見上げていた。航空自衛隊のアクロバットチームが国立競技場の上に描く五輪マークを待っているようだった。
午後0時40分、晴れた夏空にブルーインパルスが雲を引くと、人々は見入った。久しく見ていなかったものを目にしたような顔をしていた。青を背景に5つの輪が浮かぶと、群衆から拍手が起こった。
そこにいるのは、このオリンピックに何かを見出そうとしている人たちだった。
陽が沈んで蝉の声が止むと、街はまた別の顔になった。国立競技場のまわりにはオリンピック反対のプラカードを掲げた人々が集まり始め、拡声器を通して怒りの声を響かせていた。
待ち望む者がいれば、拒む者もいる。希望と絶望、歓声と怒声、この日の東京は感情を剥き出しにしていた。
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photograph by Homare Doi/JMPA