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「右肩、今も痛みます」“ドラフト栄養費騒動”一場靖弘の投手生命が変わった“ある派遣令”…引退後の今は何を?「選手の夢をサポートしたい」と力説 

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間淳

間淳Jun Aida

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photograph byToshiya Kondo

posted2026/11/01 11:01

「右肩、今も痛みます」“ドラフト栄養費騒動”一場靖弘の投手生命が変わった“ある派遣令”…引退後の今は何を?「選手の夢をサポートしたい」と力説<Number Web> photograph by Toshiya Kondo

2012年の一場靖弘。楽天からヤクルト移籍後も右肩の状態が上がらず苦しんだという

「シーズン後、右肩に少し違和感がありました。オフは休みたかったのですが、勉強のために行って来た方が良いと説明されました。今振り返れば、強く断るべきでした。入団の経緯もあって、自分の意見や気持ちを伝えることを遠慮していた部分があったと思います」

ドラフト騒動がなく、球団に伝えられていたら

 一場はウインターリーグのマウンドに立った。違和感のあった右肩は痛みに変わり、投げられないところまで悪化した。結局、リーグの途中で帰国せざるを得なくなった。肩の痛みは初めての経験だったが、一場は「もうプロで長くプレーするのは難しい」と覚悟した。

 右肩に痛みを抱えて迎えた3年目のシーズンは、開幕を二軍でスタートした。4月に一軍昇格したが、結果を残せなかった。さらに、右肘の炎症も発症した。

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「右肩に関しては痛みを取るために注射を打って、ごまかしながら投げていました。痛いと言えば二軍に落とされるのは分かっていましたから。無理して投げ続けたことで、選手寿命を縮めてしまいました。右肩は今でも痛みます」

 右肩の症状は改善しなかった。プロ5年目の2009年にヤクルトに移籍した時は、痛みがピークに達した。朝起きたら、右肩が全く上がらないことも珍しくなかったという。体は限界に達し、2012年に現役を引退。ヤクルトでの4年間は計14試合の登板にとどまった。

 もし、ウインターリーグへの派遣を断れていたら。もし、ドラフトをめぐる騒動がなく、遠慮せずに球団へ考えを伝えられていたら。人生にやり直しはできないが、違ったプロ野球人生を歩んでいたかもしれない。

引退後…今、何をしている?

 プロでは、思い描いたような成功を実現できなかった。その経験を今、一場はNPB12球団入りを目指す選手たちに伝えている。3年前に総合保険代理店「ほけんのぜんぶ」に入社し、ホールディングスの事業の1つ、スポーツエンターテイメント事業にも深く携わっている。運営する球団「山梨ファイアーウィンズ」で昨年は投手コーチを務め、今年1月にはコーチも兼任する形で球団代表に就いた。

 山梨ファイアーウィンズはルートインBCリーグに所属し、多くの選手たちはNPB12球団への入団を目標に掲げている。一場は実体験を交え、プロで生き残る厳しさや、選手寿命を延ばすために不可欠なけがの予防などを選手に説く。

【次ページ】 ドラフトは毎年気にしていますし

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