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「身長199センチ、体重140キロ」元横綱が崩れ落ちた…高田延彦が北尾光司をハイキックKO「プロレス史上最高のフィニッシュ」はなぜ生まれたのか?

posted2026/09/30 11:04

 
「身長199センチ、体重140キロ」元横綱が崩れ落ちた…高田延彦が北尾光司をハイキックKO「プロレス史上最高のフィニッシュ」はなぜ生まれたのか?<Number Web> photograph by 東京スポーツ新聞社

高田延彦vs北尾光司“衝撃のハイキックKO”はいかに生まれたか?

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堀江ガンツ

堀江ガンツGantz Horie

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東京スポーツ新聞社

80年代末から90年代初頭にかけて社会現象と呼ばれるブームを巻き起こし、現在の総合格闘技人気の原点ともいえる、格闘プロレス団体UWF。1991年に解散し、リングス、UWFインターナショナル、プロフェッショナルレスリングに3派分裂後、90年代の各団体の選手たちのリアルファイトへの挑戦は、プロレスから総合格闘技が生まれる激動の時代だった。

本日発売となった『群像UWF3派 1991-2000 プロレスラーが生んだ総合格闘技の時代』(著:堀江ガンツ/竹書房)より、「1992年 異種格闘技戦史上最高の結末 髙田延彦が北尾をハイキックKO」の章を抜粋して掲載する。史上最高の盛り上がりを見せた異種格闘技戦の知られざる舞台裏とは――。【全3回の最終回/第1回、第2回も公開中】

◆◆◆

 10・23日本武道館当日。館内は立錐の余地もないほどの超満員にふくれあがった。発表された観客数は1万6500人(超満員札止め)。超満員の観客が望むのは、もちろん髙田と北尾の完全決着だ。

 しかし試合前、鈴木健取締役がリングに上がり、「北尾サイドの強い要望により、時間無制限一本勝負から3分5ラウンド制に変更になった」ことが発表されると、凄まじい怒号とブーイングが巻き起こった。観客は、引き分けでお茶を濁すつもりだと感じとったのだ。

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 怒号とブーイングはしばらく鳴り止まなかったが、鈴木健取締役が「山崎vs北尾戦のときは、こちらのUWFルールで行われたので、今回は向こうの要求を飲まざるをえません。髙田選手には不利ですが、先ほど控室におきまして、髙田選手は『とにかく勝つだけだ』と言っております!」と語ると、大きな拍手へと変わった。そして山崎戦でブーイングが拍手に変わった北尾だったが、この理不尽な要求によって再び大ヒールとなったのだ。

 凄まじい大歓声を浴びて入場する髙田に対し、北尾には山崎戦のとき以上の大ブーイング。北尾がリングに上がると、コスチュームは山崎戦と同じノースリーブの空手着だったが、胸の文字が「空拳道」から「武」に変わっており、北尾と空拳道の関係が切れたことが察せられた。

大歓声に包まれた“衝撃のハイキックKO”

 そしていよいよゴング。1ラウンド、髙田は距離を取ってローキックを連発。途中、軽く牽制ぎみに後ろ回し蹴りや左ハイキックを放つと、どちらも北尾の顔面にヒットした。髙田はおそらくここで、「ハイキックは入るぞ」と感じたはずだ。

【次ページ】 「プロレスの神様が、彼に罰を与えた」

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#高田延彦
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#UWFインターナショナル

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