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「墓に糞ぶっかけてやる!」激怒した長州力はなぜ高田延彦と“極秘会談”を行ったのか? 新日本プロレスvsUインター「全面戦争」のウラにあった財政問題
posted2026/10/09 17:45
当事者たちが明かす「新日本vsUインター全面対抗戦」の全真相【全3回】
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堀江ガンツGantz Horie
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東京スポーツ新聞社
現在発売中の『群像UWF3派 1991-2000 プロレスラーが生んだ総合格闘技の時代』(著:堀江ガンツ/竹書房)より、「髙田延彦、足4の字固めで敗れる 新日本vsUWFインター全面戦争」の章を抜粋して掲載する。武藤敬司vs髙田延彦、長州力vs安生洋二など、今も語り草となっている対抗戦はいかにして実現したのか?《全3回の初回/第2回、第3回に続く》
◆◆◆
’95年10月9日に東京ドームで行われた『激突!! 新日本プロレス対UWFインターナショナル全面戦争』は、日本プロレス史上最大の団体対抗戦だった。
それまで犬猿の仲として知られていた新日本とUインターの全面対決が急転直下で決定、しかもメインイベントは武藤敬司vs髙田延彦という両団体のトップ同士による禁断の一騎打ち。そのインパクトは凄まじく、チケットは瞬く間に完売。当日は東京ドームに6万7000人(超満員札止め=主催者発表)のプロレスファンが集結した。これは当時のドーム観客動員新記録であり、“実券”の枚数では今も記録は破られていないと言われている。
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“10・9決戦”がここまで大きな反響を呼んだのは、新日本とUインターの対戦が、本来“ありえないこと”だったからだ。
あらためて両団体の因縁を振り返る。’91年5月に誕生したUインターは、旗揚げ当初から業界最大手の新日本を“仮想敵”に設定。さまざまな局面で、新日本への挑戦、挑発行為を繰り返していった。
「墓に糞ぶっかけてやる!」
’92年末に蝶野正洋が『週刊ゴング』誌上で「髙田さんと闘ってみたい」と発言すると、その言葉尻を捉えてすぐさま新日本の事務所に対戦要望書を持ってアポなしで訪問。’93年には新日本のトップ外国人選手だったベイダーを引き抜き、’94年には優勝賞金1億円を用意したトーナメント開催をぶち上げ、新日本を含む主要5団体のエースに対し一方的に参戦招待状を送りつけた。
これには新日本の現場監督だった長州力も、「プロレス界の恥さらしだ。あいつらがくたばったら、墓に糞ぶっかけてやる!」と激怒。両団体が交わることは永久になくなったと思われた。
