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「王貞治の756号で伝説の大ジャンプ」張本勲さんに記者が聞いた“王・長嶋との本当の関係性”「ノムさん、ONに打たせちゃダメだよ」認めていた“偉大さ”
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安藤嘉浩Yoshihiro Ando
photograph byKeiji Ishikawa
posted2026/09/18 11:00
9月9日に86歳で亡くなった張本勲さん(写真は2012年)。前人未到の3000本安打を記録したプロ野球史上最高の安打製造機だった
「ノムさん、ONに打たせちゃダメだよ」
プロ野球が国民的娯楽としての地位を確立した当時については、やはりパ・リーグの南海ホークス(現・ソフトバンク)で大活躍した野村克也さんにも取材したことがある。セ・リーグの打撃3部門をONがほぼ独占していた時代に、パ・リーグでは野村さんが8年連続で本塁打王に輝き、張本さんが7度の首位打者を獲得した。
しかし、テレビでは巨人戦しか放送されない時代だった。
だから、パ・リーグの選手たちはオールスター戦になると、闘志を燃やした。
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捕手の野村さんは「セ・リーグの諸君、ONはこうやって打ち取るんだよ」という気持ちでリードしたという。
そんな野村さんに、やたらとハッパをかけてくる選手がいた。
「ノムさん、ONに打たせちゃダメだよ。新聞の1面を全部もっていかれちゃうからね」
張本さんだった。
そのようにライバル視した王さんとコンビを組むことになったのは1976年。現役を引退して巨人の監督になった長嶋さんに請われ、巨人にトレード移籍した。
「主役はON。私らは野に咲くレンゲソウ」
この年の夏休みにも、忘れられない出来事があったという。
後楽園球場に向かう車が信号待ちした際、すぐ脇を歩く親子の会話が耳に入った。
「お父さん、今日、王選手はホームランを打つかな」「張本選手はツーベース出るかな。ヒットを何本打つかな」
おれが試合に出なかったら、この親子はがっかりするだろうな、と思った。
「それまでの私は、いい状態で、いいプレーを見せるのがプロだと考えていました。だから、どこかに故障があれば休む。それでいいと思っていたんです」
そんな自分を、張本さんは恥じた。
「ONは若いころから、ずっと試合に出続けている。それを当たり前のようにやっている。ONの偉大さを、改めて思い知りました」
36歳になったこの年、張本さんは歩くのがやっとの状態でも試合に出た。そして、13年ぶりの全試合出場を達成した。自己最高のシーズン182安打をマークし、巨人は前年の最下位から復活優勝を果たした。
「庭の主役は松とイヌマキなんです。ONはそれなんだね。私らは野に咲くレンゲソウ。主役にはなれんのだよ」
張本さんは1980年に巨人を離れ、再びパ・リーグのロッテに移籍。5月28日に、前人未到の3000本安打を観衆1万5000人の川崎球場で達成する。翌日のスポーツ各紙は1面で、その快挙をたたえた。
通算3085安打は、王さんの868本塁打と並び、圧倒的な日本プロ野球記録として輝き続けている。


