プロ野球PRESSBACK NUMBER
「下手くそ!」怒鳴られた守護神が“人生の師”に…星孝典が語る巨人時代「心が壊れかけていた」ベンチで涙した二軍戦で起きた「忘れられない出来事」
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2026/09/19 11:01
巨人入団時のルーキー星孝典。色紙に記した自作の一句とは…
ブルペンに日参…兄貴のように慕って
「またお前か!」と苦笑いしながらも、豊田は星をブルペンに座らせた。翌日も、また翌日も――。球界屈指の精密なコントロールを誇る守護神のボールは、受けるだけでも勉強になった。
「毎日、しつこく通ううちに、すごく可愛がってくれるようになって。ミットの構え方からキャッチングの技術、配球や精神面に至るまで色々と教えてくれました。学ぶことが本当に多くて、それが僕の基盤にもなったと思います」
シーズンが始まると、終盤の出番に備えて準備する豊田の球を受けるため試合中でもブルペンに通うほど心酔した。
ADVERTISEMENT
「控えだったので、本当はチャンスに備えて自分の準備をしなければいけないんですけど豊田さんを送り出したくて。一度、交流戦で僕が送り出さなかった時に、リリーフ失敗したことがあったんです。その時に豊田さんから『星くんに受けてもらわなかったから打たれたじゃん』ってメールをもらって、それは嬉しかったなあ……って喜んじゃだめですね(笑)。でもそのくらい、兄貴のように慕っていました」
ブルペンは“教室”であり、もらった言葉は“教科書”だった。一流投手と過ごす時間は、若い捕手を大きく育てていった。
「心が壊れかけていました」
巨人で過ごした6年間は、苦しんだことも多かった。阿部慎之助の黄金期にあたるこの時期、一軍で捕手の出番は限られていた。2006年には日本ハムから實松一成が、2008年には横浜(当時)から鶴岡一成がトレード移籍し、二番手捕手にも実力者がひしめいていた。
2007、2008年シーズンは一軍での出番なし。若い捕手も次々に加わってくるなかで、「どん底を味わった」という忘れ難いシーズンが2010年だ。この年も一軍出場はなく、夏場から二軍でも不調が続いていた。久々にスタメンマスクをかぶった9月18日のイースタン・リーグ西武戦で忘れられない出来事があった。星が振り返る。

