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マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
六大学野球“バットフリップ事件”で小宮山悟監督が「次の試合はベンチから外す」“喝”のワケは?「自分を祝福していいのはプロだけでしょう」
text by

安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byAsami Enomoto
posted2026/09/17 17:29
早大の1年生・川尻結大の「バットフリップ」に苦言を呈した小宮山悟監督。その言葉の真意はどこにあった?
学生スポーツにおける“自由”の意味
それが生きていく強い支えになっている人も少なからずおられると思うが、「多様性」を世の中を都合よくすり抜けていくための「免罪符」として使われてしまうと、品位とか、マナーとか、礼節とか、気遣いとか人間だけに備わっている大切な「人間らしさ」のほうが、引き換えにどんどん失われていく。
大学の野球部とは「人間形成の場」であり、学生スポーツは「人格」を構築していくためのものだからこそ尊いのだということを、もう一度考えてみよう。そう、川尻選手だけじゃない。部員たち全員に突きつけたのが、今回の「お沙汰」ではないのか。
少なくとも、学生スポーツの中の自由・多様性とは、個々人の「良識」という制約の中にこそ存するのだ。
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「小宮山さん、メンバーから外すって、本人にわかるように告げているじゃないですか。すごく厳しいように聞こえるけど、実は逆ですよ。大人の社会だったら、何も言わないで黙って、スゥーッと手を引っ込めて。あとは見限ってしまうだけ。それだけ。怖いですよ。
そこを小宮山さんはちゃんと伝えている。巻き返しのチャンスを与えているんですから、優しいもんじゃないですか」
こんな解釈を教えてくれた指導者の方もおられた。
「私だったらすぐ頭丸めて、米俵一俵かついで、寮行って玄関で手をついて、監督がなんか言ってくれるまで、何度でもあやまりますよ。だってそうじゃないですか。早稲田の4番ですよ、それも1年生から。手放せるわけがないじゃないですか」
「進取の精神」でパフォーマンスを取り入れるのも結構だが、その前にここは一度「現世を忘れぬ久遠の理想」で早稲田の野球部の原点に立ち返ってみよう。その時間をいただいたと考えてもいいんじゃないか。
入学して、たかだか半年。駆け出しのワセダマンなら「若気のいたり」としてまだ取り返しは効く。
スラッガーの卵・川尻結大君。この先、早稲田のニューリーダーとして、そして一人の青年として、どんなふうに成長していくのか。卒業生の一人として、楽しみにしながら見守りたいと思っている。

