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あの高校駅伝の超名門が…ナゼ“女子短距離で日本一”に?「選手は県内出身者だけ」でも「4人が6種目で全国入賞」“全国大会出場ゼロ”から大躍進のウラ話 

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別府響

別府響Hibiki Beppu

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photograph byTadashi Hosoda

posted2026/09/08 11:00

あの高校駅伝の超名門が…ナゼ“女子短距離で日本一”に?「選手は県内出身者だけ」でも「4人が6種目で全国入賞」“全国大会出場ゼロ”から大躍進のウラ話<Number Web> photograph by Tadashi Hosoda

今夏のインターハイで女子トラック種目の総合優勝に輝いた長野の佐久長聖高校。男子高校駅伝で4度の全国制覇を誇る「駅伝の名門」はナゼ短距離も強くなった?

 早川はもともと110mハードルを専門とし、高校時代には3年連続でインターハイ入賞。卒業後は早稲田大学に進学すると、3年時には日本選手権で5位に食い込んでいる。大学を卒業した2014年からは実業団の新潟アルビレックスで3年間競技を続けた。

 と同時に、もともと「将来は教員として中高生の陸上競技の指導をしたい」という夢も持っていた。実業団入社後は競技と並行しながら、埼玉県の高校で保健体育科の非常勤講師として勤務し、陸上部の顧問を務めたという。

「ただ、そこで自分の知識のなさを痛感して。陸上部ならスプリントだけでなく、跳躍や投擲ももちろんあります。彼らより速く走ることはできても、全然教える力がないんだなと」

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 そこで2015年から2年間、早大の大学院に通い、競走部のコーチもしながら現場指導の経験を積んだ。

「そんな経緯を経て、自分がお世話になった長野県に貢献したいという想いもあって、本校でお世話になることになりました」

9年前に佐久長聖に赴任…順調な滑り出しのはずが?

 そうして佐久長聖高に赴任したのが今から9年前の2017年のことだった。

 ただ、今振り返ると赴任直後には大きな“躓き”もあったと早川は振り返る。

「指導者として本腰を入れた1年目だったのに、当時の部員がみんなすごくいい子たちで。突然入ってきた僕の言うこともすごく素直に聞いてくれて、練習も信じてやってくれた。それでその年の夏に、女子の棒高跳の子が北信越大会で優勝して、インターハイ出場を決めてくれたんです。

 指導もみんなちゃんと聞いてくれて、しかも結果も出た。そうなると『自分の指導は間違ってないんだ』『この練習をやれば速くなるんだ』みたいに思ってしまったんですよね」

 まだ指導者としての実績が多かったわけではない。それでも赴任直後に全国大会出場者を出した実績は、ひとつのマイルストーンにもなった。翌年は、自ら声をかけた県内の有力選手たちも多く進学を選んでくれたという。中には、中学時代から全国大会への出場実績のある選手もいた。

 在校生はきっと、自分の“正しい指導”で力をつけるはずだ。そこに、ポテンシャルの高い新入生も入ってくる。佐久長聖高は、駅伝だけじゃない。ここから一気に陸上部も快進撃を繰り広げるはずだ――。

 ところがそんな早川の想いは、現実にはならなかった。

 その翌年、同校陸上部からインターハイへ出場できた選手は、ひとりもいなかったからだ。

次回へつづく>

#2に続く
「最初はどこか勘違いしていた」“高校駅伝の超名門”が「女子短距離で日本一」の衝撃…監督が明かす“失敗からの軌跡”「結果だけを求める想いが…」
この連載の一覧を見る(#1〜3)

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