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「本当に死ぬところでした」脳梗塞で生死を彷徨った元Jリーガー盧廷潤55歳が語る、森保一とミョンボ先輩の見舞いを拒否した理由「それでも元気ですか、と」
posted2026/08/27 11:08
2019年に脳梗塞を患った盧廷潤(55歳)。右半身に後遺症が残るが、懸命なリハビリのおかげで病を乗り越えた
text by

キム・ミョンウKim Myung Wook
photograph by
Ryosuke Tanikawa
1993年に来日し、サンフレッチェ広島、セレッソ大阪、アビスパ福岡と長くJリーグで活躍した盧廷潤。引退後は、ビジネスでも活躍していたが、近年は母国・韓国でも表舞台からは遠ざかっていた。その裏には、生死を彷徨った病との孤独な闘いがあった。〈NumberWebインタビュー全4回の第3回〉
盧廷潤が現役を引退したのは2006年。Kリーグ・蔚山現代でシーズン終了後に選手生活を終えた。35歳の時だった。それからサッカー界と距離を置いた。
韓国で指導者資格のA級まで取得したものの、「指導者は自分には難しい」と感じた。家族と子どもの教育を優先するために米国へ渡り、永住権も取得した。
「サッカーへの未練は、本当になかったです。選手だった時と、外から見るサッカー界は違っていて、やりたいこともなかった」
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その後、物件管理などの幾つかのビジネスをするために単身で韓国に戻って、新たな世界の道を歩いていた。
ところが2019年1月、人生が暗転する。体調に異変を感じ、点滴を受けようと病院へ向かった。その病院の前で倒れた。脳梗塞だった。
「頭部を切開する手術をしました。歩くこともできなくて、毎日ベッドに横になっていた。右半身には麻痺が残りました。本当に死ぬところでした」
妻と3人の子どもは米国に残していた。家族は知らせを受けて駆けつけたものの、子どもたちはそれぞれ大学生、高校生、中学生で、生活と学業がある。家族を米国に戻らせ、盧は一人で長い入院生活を送ることになった。

