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「本当に死ぬところでした」脳梗塞で生死を彷徨った元Jリーガー盧廷潤55歳が語る、森保一とミョンボ先輩の見舞いを拒否した理由「それでも元気ですか、と」
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キム・ミョンウKim Myung Wook
photograph byRyosuke Tanikawa
posted2026/08/27 11:08
2019年に脳梗塞を患った盧廷潤(55歳)。右半身に後遺症が残るが、懸命なリハビリのおかげで病を乗り越えた
生死をさまよってから、およそ11カ月間もの入院生活を終え、2019年12月31日に退院した。本来はさらに半年ほど入院する必要があったが、「病院にいるのが嫌で」自宅へ戻った。しかし、この時期は、新型コロナウイルスの感染拡大と重なった。免疫力が落ち、感染への恐怖もあった。ここから2年間は、薬を受け取る時を除けばまともに病院やリハビリに行けなかった。家族のいない部屋で食事を作り、歩き、そして眠る。右半身が思うように動かない日々を、ほぼ一人で耐え抜いた。
「夜10時ごろに外に出て、午前1時まで歩きました。人の少ない夜に、暗い道を一人で2時間、3時間歩いて、また家へ帰る。次の日も同じです」
かつて何万人もの視線を浴びたレジェンドだ。歩けない姿を誰かに見られたら、心配されるだろう。一度、転べば助けを借りなければならない。そんな思いもあって、夜中を選んだ。誰にも見られない暗闇で、松葉杖をついて一歩ずつ進んだ。
父の葬儀で息子の病を知った母
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病気を伏せた最大の理由は、高齢の両親への気遣いだった。
「両親には外国に行っていると話していましたから。だから、こうやってメディアで病気の話をするのは今日が初めてです」
韓国の記者にはもちろん、日本のサッカー関係者の多くも、表舞台から消えた理由を知らなかった。今思えば、2022年に開催されたサンフレッチェ広島のクラブ創立「30周年記念ファン感謝祭」に姿がなかったことが不思議だった。Jリーグ初の韓国選手。しかも広島の初期メンバーである。
2023年3月27日、父が亡くなった。脳梗塞で倒れた事実は最後まで伝えなかった。訃報を受け、倒れてから初めて高速鉄道に乗って葬儀が行われる大田へ向かった。母はその場で歩くことさえ難しい息子の姿を初めて見て驚いていたという。

