博多の人・王貞治BACK NUMBER
「最初は、冗談かな? と」現役投手に“余命3カ月”宣告…ダイエー初の日本一直後、王貞治の驚愕「あんな元気な人が、命にかかわる病気だなんて」
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byKazuaki Nishiyama
posted2026/08/31 11:01
歓喜の日本一の直後、藤井将雄の検査結果は衝撃的なものだった。一報を伝えられた王は驚愕しつつも素早く行動を起こす
閑話休題。
その“衝撃の一報”を聞かされた当時の思いを、若田部はこう振り返った。
「本人に分からないような形で、球団にちょっと話をしたいという用件だったんです。だから『何でですか?』って聞いたら『実は……』と。だいぶ悪いんだとか、そこまでの内容は言われていないんですけど『実はこういう風な病気なので、球団の方にアポイントを取ってもらいたい』というような形で、僕が受け取ったんです」
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あまりにも重過ぎる事実だった。
命に関わる病気? 余命が長くて半年? あの藤井さんが? 日本シリーズも投げていたのに? ありとあらゆる疑問と信じがたい思いが、若田部の心中を駆け巡った。
王の驚きと球団の処遇
若田部からの“悲痛な報告”に、王もただただ、驚きを隠せなかったという。
「だってね、若い、プロ野球の世界にいるような元気な人がだよ、命がかかるような病気になっているなんて……。藤井君は、ものすごく頑張ってくれたピッチャーでね、しんどいときに投げてくれたから、余計にそういう点でね」
王は、迷うことなく、すかさず動き出した。藤井の母親や妹とも直接対面、藤井本人に病気のことを告知したくないという意向も受けた上で、球団に「2000年の契約更新」をお願いしている。
「そんなことは、当たり前です」
当時の球団社長・高塚猛は、王からの打診を即座に快諾している。しかも推定年俸2400万円から、一気に倍増となる4800万円で藤井との契約を更改した。
ホールド王の初タイトルを獲り、登板数もチーム2位タイ。日本一への貢献度からすれば当たり前の昇給額だろう。しかし、2000年の戦力としては考えられる状態ではない。それでも球団は、そして王は、藤井将雄の名前を「支配下」の1枠に書き込んだのだ。
その“厚遇”が、若田部は「嬉しかった」という。
「その後の契約内容とか対応とか、そこはホント、僕は全く関係ない。ただ、球団がそういう形で、病気にもかかわらず契約してくれたというのは、球団に対して感謝しました」

