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「阪神に入って涙が出た。劇的に巨人と違っていたから」故・小林繁が語っていた巨人と阪神の“組織論”…「阪神には歴史はあっても伝統がない」

posted2026/08/20 17:08

 
「阪神に入って涙が出た。劇的に巨人と違っていたから」故・小林繁が語っていた巨人と阪神の“組織論”…「阪神には歴史はあっても伝統がない」<Number Web> photograph by Bungeishunju

江川卓とのトレードで阪神に移籍した小林繁。彼が生前語っていた「巨人と阪神の違い」とは

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NumberWeb編集部

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Bungeishunju

 1979年、江川卓とのトレードで阪神タイガースへ移籍した小林繁は、移籍1年目に22勝を挙げ、最多勝と沢村賞を獲得した。しかし、その快投の裏に何があったのか。「あの年にあったのは男の意地だけだ」——生前の小林の肉声を紹介する記事を、凝縮版でお届けします。

 1952年、鳥取県生まれの小林は、端正なマスクとダイナミックなフォームで女性ファンの人気も集めた巨人のエース候補だった。プロ6年目終了時点で通算62勝。それだけの実績を持つ投手が、江川とのトレードによって突如として宿敵・阪神へと放り出された。

小林繁が語った「巨人と阪神、組織の差」

 移籍直後、小林の心に何が起きたのか。「阪神に入って涙が出た。劇的に巨人と違っていたから」という言葉がすべてを物語っている。

 巨人でV9最後の年にプロ初登板した小林には、染みついた組織論があった。1月からグラウンドに立ち、日本シリーズを意識して1年を戦い抜く。寮の門限を破れば寮長にロッカーに呼び出され、「5勝、6勝は誰にでもさせることができる、自分の力で勝ったと思うなよ」と叱責される——そういう“巨人の教育”の中で育った選手だった。

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 阪神に移ると、その空気はまるで違った。

「チームの中に勝つための制約がない。自分がよければそれでいい」。移動の際に個人でチケットを払い戻して別行動することも許される環境に、小林は「組織を知らないチーム」という言葉を向けた。

 そして、30歳という若さで現役を退いた理由についても、小林は明確に語っている。

「このチームでは勝てないと思った」。22勝を挙げても、15勝を挙げても、阪神はついに優勝に届かなかった。

「阪神には歴史はあっても伝統がない」——20年以上前に語られたこの組織論が、なぜ今もなお説得力を持ち続けるのか。小林の証言の全貌は、本編記事で詳しく描かれている。

つづく

 この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

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