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甲子園優勝投手に社会人で“異変”「松井秀喜と自分を比べはしなかった」森尾和貴52歳は今…“消えた天才投手”の実像「消えてもないし、天才でもない」
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松永多佳倫Takarin Matsunaga
photograph byNumber Web
posted2026/08/19 11:43
柔和な表情で取材に応じる森尾和貴(52歳)。新日本製鐵八幡野球部の廃部と同時に現役を引退し、長く社業を続けている
この傷跡が森尾和貴の投手生命を奪ったものだと思うと、いたたまれなくなった。しかし、これが致命傷というわけではないという。
「正直、社会人2年目からは思うように投げられない状態がずっと続きました。普通にストライクは取れるんです。でも、ボール半個分の細かい出し入れのコントロールができなくなっていた。周りから見れば『コントロールいいじゃん』と思われるんですが、バッターを打ち取るためのコースを攻められていない。人から見ればいいコースかもしれないけど、自分から見たら甘い。納得のいく球を投げられていないから、当然、結果もついてこなかったですね」
直球も変化球も思い通りに操り、ホームベースの角をかすめるかどうかで勝負する精密機械のようなコントロールが森尾の身上だった。だが、一度生じた異変は元に戻らない。目標にしていたプロ野球の世界は、次第に遠ざかっていった。
松井秀喜は巨人の主力に…同世代としての本音
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苦悩する森尾とは対照的に、同世代の松井秀喜はプロ2年目から巨人の主力として活躍していた。そんな姿を、森尾はどう受け止めていたのだろう。
「松井は4年目に38本打ったのかな。自分と比べたりはしなかったですね。ただただ『すげえな、松井』ですよ。プロの世界に行って松井と対戦するんだとか、まったく頭になかったです。その後はメジャーでも活躍して、どんどん離れていった。やっぱり松井秀喜はすごかった。とはいえ、同じ甲子園に出て、高校日本代表で一緒になっただけなので。あの風格ですから、代表の合宿でも最初は話すのが怖かったくらい。もちろん高校生ですから普通に風呂場で話したり、Tシャツを交換したりしましたが、同世代でも彼だけは別世界にいる感じでした」
森尾は何気なく「どんどん離れていった」と口にした。それはつまり、あの松井と高校時代まで同じ舞台に立っていたことを意味していた。最後の夏、優勝旗を手にしたのは森尾だった。プロの世界で大成したのは松井だった。比べるようなことではないのかもしれない。だが、見ている側はどうしても、無責任な「もしも」を想像してしまう。

