甲子園の風BACK NUMBER

「寄付金5000万円集めた」「バス17台で秋田から兵庫に駆けつけた」公立進学校・横手の甲子園ドタバタ現場ウラ側「金足農業にアドバイス求めた」 

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梅津有希子

梅津有希子Yukiko Umetsu

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posted2026/08/17 06:00

「寄付金5000万円集めた」「バス17台で秋田から兵庫に駆けつけた」公立進学校・横手の甲子園ドタバタ現場ウラ側「金足農業にアドバイス求めた」<Number Web> photograph by JIJI PRESS

57年ぶりに甲子園出場を果たした横手(秋田)。現場はドタバタだったようで…

秋田→兵庫…17台バス移動ウラ側

「今回はバスの台数が17台と多かったため、すべてのバスが一度に同じサービスエリアに停車することができず、2グループに分けて休憩場所を分散させました。各車両の位置情報をLINEのグループチャットで共有し、リアルタイムで動向を把握。大曲工業の時はここまで台数が多くなかったので、これは意外な盲点でした」(田村氏)

 また、長距離バスの運転時間や距離などの関係で、秋田から一気に甲子園まで向かうことができなかったことも大変だったという。

「運転手さんの乗務時間制限の関係で、滋賀県で一度乗り換える必要がありました。朝の5時ごろ、別のバスに楽器などの荷物をすべて積み替えたりと、バタバタでしたね。昔はこのような規制がなく、1台で稼働できましたが、現在はルールが変わっていろいろ大変でした」(田村氏)

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 遠方からバスで甲子園に駆けつける学校には、このような細かな苦労がたくさんあり、対応する教員の苦労をあらためて知った。

57年前の甲子園で演奏したOBも…

 アルプススタンドでは、OBを含む約100人の吹奏楽部が力強い演奏を披露。創立128年の歴史を誇る同校で、戦前から受け継がれる伝統の「応援団歌」を演奏するメンバーの中には、57年前の甲子園でも演奏したOBの姿もあった。クラリネットの高橋勲さん(73歳)は、「感慨無量」とうれしそうに演奏しながら、「いつでも甲子園で吹けるよう、毎年準備して待っていたんだから。なかなか出場が叶わず、『もう死んじゃうよ!』と思っていたら甲子園が決まって、ほんとうによかったよ」と笑う。

 57年前は何を演奏したのか尋ねると、「応援団歌はもちろんやったけど、あとは何だったかなあ。行進曲をやったような……」という高橋氏に、筆者が「当時の行進曲というと、スーザの曲ですかね?」「ああ、たしかにスーザだったかもしれない」とおぼろげな記憶を辿ってくれた。

【次ページ】 なぜDeNA応援歌を使用?

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