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甲子園の風BACK NUMBER
「さわやかイレブン」「やまびこ打線」甲子園から遠ざかる名門公立校に“ある異変”「たしかに苦しいですけど…」徳島現地で見た、池田高校の“知られざる今”
text by

田中仰Aogu Tanaka
photograph byAogu Tanaka
posted2026/08/17 17:28
甲子園を3度制した名門・徳島県立池田高校の現在とは?【全2回の1回目】
「そうですね。たしかに苦しいですけど、そうやって勝つしかない。それに、言い続けた言葉が結果として表れると、子どもたちは信じてくれるようになるんですよ。僕の高校時代も、川原さんの指導を聞いて取り入れたら結果が出たという事実があった。それがあったから川原さんを信用したので。
うちの場合、5月下旬の関東遠征あたりからですかね。横浜隼人、三重海星、慶應、創価という名だたる強豪校と試合させていただいて、その遠征を勝ち越せたんです。いずれも接戦で。その経験で生徒たちもわかってくれた気がします。粘って勝つ、はこういうことかと」
池田vs慶應…異例の試合はなぜ実現した?
池田が慶應高と対戦していたことを初めて知る。3年前の夏の甲子園を制した、神奈川の超強豪だ。1992年を最後に夏の甲子園から離れる池田との練習試合は、不釣り合いにも思えた。
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異例の対戦が実現した経緯はこうだ。
池田は毎年5月頃に弾丸の関東遠征が恒例になっている。今年は遠征2日目の予定が直前まで決まらなかった。どうにかして強豪校と試合を組みたい。そう考えた和田は、慶應大野球部マネージャーであった娘を頼り、同校野球部監督の森林貴彦にたどりついたのだ。
「直前だったのですが承諾していただいて。まさか慶應さんと試合できるとは、と。お会いするなり森林さんに感謝を伝えました。そしたら森林さん、こうおっしゃったんですよ。『いやいや、きっと僕のほうが、池田と試合できることに感謝してますよ』って。すごい方だなと痛感しました、やっぱり。その思いが何よりうれしかった。そんなことをさらっと言えるんですから」
和田の目が一瞬、潤んだように見えた。《つづく》
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