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ミスに厳しいはずの中村憲剛が…「ああ、自分は怒られるレベルにもなっていないんだ」18歳田中パウロ淳一が泣いた川崎フロンターレ屈辱のデビュー戦
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田中パウロ淳一Paulo Junichi Tanaka
photograph byAFLO SPORT
posted2026/08/15 11:00
プロサッカー選手でありながら、SNS総フォロワー数80万人を誇る田中パウロ淳一(32歳)。明るいキャラクターで人気を博すが、若い頃は苦労も多かった
小林悠さんのような選手が試合に出られずに悔しそうにしている姿も見た。
「この人で出られへんのやったら、俺は無理やな」そう思った。
ここにいても成長できないなら、環境を変えるしかない。そう考えるようになっていった。
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そんな時期に、あるエージェントから、「イタリアに挑戦しないか」という話が舞い込んだ。
まわりにも海外へ出ていく先輩や後輩がいたのを知っていた。
僕にも声がかかったのだ。気持ちが動いた。
僕は待てなかった。このまま残るより、外に出たほうがいい。
今振り返れば、かなりリスクのある話だ。プロになってまだ1年ちょっと。しかも、ようやく入ったJクラブを自分から出ることになる。
それでも、僕は辞める選択をした。失敗を、失敗のままで終わらせたくなかった。このまま終われば、ただの挫折になる。
でも、ここから海外に出て、もう一度這い上がれば、話は変わる。
若かったし、焦っていたし、海外という響きにも引っ張られていた。
あのときの自分は、動くしかなかった。止まっていることのほうが怖かった。
フロンターレを辞めたことが正解だったかはわからない。ただ、あのとき「このままじゃ終われない」と思えたことは、自分にとって大きかった。
うまくいかない場所にしがみつくことだけが、正解じゃない。
失敗したなら、新しい場所で物語をつくり直せばいい、そう思った。〈つづき→第2回〉

