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「俺はもう一回藤井のトス打つで」清水邦広が心残りだった故・藤井直伸との約束…引退試合で実現「美弥さんのトス、深津よりも打ちやすかった(笑)」 

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米虫紀子

米虫紀子Noriko Yonemushi

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photograph byOSAKA BLUTEON

posted2026/08/12 11:01

「俺はもう一回藤井のトス打つで」清水邦広が心残りだった故・藤井直伸との約束…引退試合で実現「美弥さんのトス、深津よりも打ちやすかった(笑)」<Number Web> photograph by OSAKA BLUTEON

8月8日に引退試合を行なった清水邦広。自ら運営に参加し、参加者一人一人に直接連絡を取ったという

 藤井さんの東レアローズでの背番号「21」を背負った佐藤さんからのトスを、この日一番のスイングで決めると、清水は満面の笑みを浮かべながら佐藤さんの肩をトンと叩いた。

「最後、ああやって美弥さんのトスを決められたことは、バレーボールの区切りとして、一つ満足できたんじゃないかなと思います。美弥さんのトス、打ちやすかったです。一番。深津よりも打ちやすかった(笑)。どっちの深津? どっちもです」

 そう言いながらも、縁が深く大好きな後輩である深津旭弘、英臣兄弟のトスを久しぶりに打てたことも非常に嬉しそうだった。

分厚い運営計画書の1ページ目

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 今回、自らの引退試合で改めて気づいたことがあったという。

「今までは、当たり前のようにただ会場に来て、ネットも何もかも設営されている中で、笛が鳴れば試合をして、終われば帰る、というだけでした。でも今回その裏方の中に初めて入って、これだけたくさんの人が企画や準備から関わっていろいろなことをやってくれて、ファンの人を楽しませようとしてくれているんだとわかった。こんなに大変なんだな、これだけ多くの皆さんに支えられているんだなというのを改めて感じました」

 分厚い「運営計画書」の1ページ目にも、清水からの運営スタッフへの感謝の思いが綴られていた。

 8月11日に40歳の誕生日を迎え、大阪ブルテオンのコーチとして、裏方の一員として歩むこれからの第二の人生にも、今回の経験は活かされるに違いない。

〈全2回/第1回→「赤羽のトンカツ屋」編も読む〉

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「いつも赤羽のトンカツ屋でした」清水邦広が思い出す、4人で通った男子バレー“地獄合宿”前の憂鬱な昼メシ「今の代表にはあの頃みたいな重苦しい感覚は…」

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