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バレーボールPRESSBACK NUMBER
「いつも赤羽のトンカツ屋でした」清水邦広が思い出す、4人で通った男子バレー“地獄合宿”前の憂鬱な昼メシ「今の代表にはあの頃みたいな重苦しい感覚は…」
text by

米虫紀子Noriko Yonemushi
photograph byOSAKA BLUTEON
posted2026/08/12 11:00
8月11日に40歳を迎えた清水邦広。引退試合には、多くの旧友たちが集まった
当時は毎日トレーニングもボール練習も限界まで追い込む過酷な合宿だった。体育館に足を踏み入れた瞬間から、私語がはばかられるようなピーンと張り詰めた空気が漂う。それだけ厳しい練習を重ねても、なかなか世界との距離は縮まらない。その苦しい時代に、特に清水は、代わりのいないオポジットとして、プレッシャーも一身に背負っていたため、合宿に向かうには相当な覚悟が必要だった。
そのトンカツ屋のエピソードを米山さんに尋ねると、「あー!はいはい」と大笑いした。過酷な代表合宿を乗り越えるための団結の儀式でもあったと振り返る。
「本来は美味しいんですけど、その時はもう、味がしないですよね(笑)。当時のトレーニングや合宿は本当に厳しかったので。もちろん今もたぶん厳しくやっていると思うんですけど、当時はより鬼気迫るものがあったんじゃないかと。僕らも結果を出さないといけなくて、ナーバスになっていた部分もありました。僕ら4人は世代も近かったので、トンカツは、しっかりみんなで団結して乗り越えていくために、みたいな感じでしたね。『頑張ろうな』とか言いながら」
「今思えば、よく揚げ物なんて食べてたなと」
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永野さんも、「あのトンカツ屋、今もありますよね」と懐かしそうに言う。
「僕と清水、福澤はだいたい大阪から一緒に行って、米さんと赤羽で待ち合わせて、あそこで食べていました。うまいんで。キャベツ大盛りとか、おかわりもして。まあ無言っすよ。ひたすら食って、行くだけ。あの頃は練習長かったし、キツかったし。今がキツくないわけじゃないんですけど、当時はメンタル的に追い込まれることも多かったし、ピリピリしてましたから。どれが正解かは別として、やっぱり(合宿に)行くまではしんどかったです。『うーわ、また始まるー』って(笑)。今思えば、よく揚げ物なんて食ってたなと思いますけどね。行ってすぐ練習だったのに」
現在日本代表Bでコーチを務める永野さんは、「今の代表選手はそこまで追い込まれるようなことはたぶんないと思います。やり方も違うし、基本的に明るくやっているし」と証言する。
清水も、「今の代表選手にはあの頃みたいな重苦しい感覚はないんじゃないですかね。当時、特に(2012年)ロンドン五輪予選の前あたりは、厳しさやつらさがメインで、楽しさはなかった。でも今の選手たちは『自分たちのバレーを楽しんでやろう』みたいな感じに見えますから」と少し羨ましそうに語っていた。

