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野球クロスロードBACK NUMBER
「もしも君たちが優勝したら…」広島“普通の公立校”がなぜ甲子園に? 前職は校長先生…4月に就任「異端の名将」が部員に伝えた“魔法の言葉”
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph byJIJI PRESS
posted2026/08/10 11:01
春夏通じて初の甲子園出場を決めた広島の市立福山。「普通の公立校」を率いた就任4カ月の名将とは何者だった?
高校時代は“広商野球”と言われるほど、小技は広島商の専売特許だった。
普段の練習でも「100回成功しなければ終われない」といったように厳しいノルマを課せられていた。だが、それだけやっても試合で常に「成功率10割」を体現できるわけではない。それを小田は知っている。
「確率論を求めると、コストパフォーマンスが非常に悪いんです。なので『失敗できない』という、自分を追い込んでしまうようなマイナス要素を取り除かせたんです」
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小田がチームに根付かせたスケール感は、就任3年目に発揮される。
2007年の夏、総合技術は広島大会の決勝まで勝ち進み、エースの野村祐輔を擁した広陵に3-4と善戦。翌年も決勝でこの強豪相手に10-12と打撃戦を演じてみせた。そして、さらに3年後の11年のセンバツで、悲願の甲子園出場を達成したのである。
本来ならば小田の「甲子園への道」は、総合技術で区切りとなっていたはずだった。同年夏の県大会をもって監督を退任し、県内の高校で校長などの管理職業務に専念することにしたからだ。
校長職を歴任も…突然の監督就任要請
公立校の校長職を歴任していた小田の、監督としての運命が再び動き出したのが、昨年のことだった。
実績のある小田に市立福山の監督就任を要請したのは福山市だったという。
「小田先生なら安心して任せられますし、市民も納得してくれるでしょうから、どうしても監督を引き受けていただきたいんです」
当時は竹原高の校長を務めていたこともあり逡巡したが、「人生100年時代。もう1回、野球を楽しもうか」と、最終的に腹をくくった。

