- #1
- #2
野球クロスロードBACK NUMBER
「もしも君たちが優勝したら…」広島“普通の公立校”がなぜ甲子園に? 前職は校長先生…4月に就任「異端の名将」が部員に伝えた“魔法の言葉”
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph byJIJI PRESS
posted2026/08/10 11:01
春夏通じて初の甲子園出場を決めた広島の市立福山。「普通の公立校」を率いた就任4カ月の名将とは何者だった?
当時の市立福山は、19年の秋に連合チームとしての出場を余儀なくされるなど窮状もあった。
広島商や広島新庄を指揮して甲子園出場経験もある迫田守昭が22年に同校の監督となり、選手たちには根本的な野球の基礎は出来上がっている。昨夏に迫田の体調不良に伴い後任となった長門功も、ベースをしっかりと引き継いでくれていた。
あとは成功体験を与えるだけだった。
ADVERTISEMENT
「それでも、夏は30年くらいで8勝しかできていなかった。私が監督になってすぐ練習試合で5連敗くらいしましたし、春の県大会なんか2回戦でコールド負けですからね。でも、私のなかでは焦りがなかったというか、総合技術の経験が生きていたんですね」
そう、それこそが小田が実践してきたスケール感の再現だった。
ポジティブ思考のバントのように、エースの来山凌也からマイナス要素をそぎ落とす。
「誰だって100球中100球を狙ったコースに投げられないんだから。厳しいコースを狙ったけど『甘く入って打たれました』じゃなくて、真ん中に投げても打たれない投球術を身につけることを考えたほうがいい」
「もしも君たちが優勝したら…」
そして、総合技術時代に説いた「1勝の重み」を、市立福山ではこのような表現に変え、選手たちをその気にさせていくのだ。
「もしも夏に君たちが優勝したら、福山市も広島県もひっくり返るだろうね。でも、世間がびっくりしても俺は驚かないよ」
甲子園を知る監督に“魔法”をかけられたチームは、6月に入るころには試合で負けないようになった。そのなかには広島でベスト8やベスト4に入るチームも多く、甲子園出場経験のある高校にも勝てるようになった。

