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広島“普通の公立校”が監督就任「わずか100日」で甲子園出場の衝撃…「県ベスト16が最高成績」だった中堅校を覚醒させた“異色の名将”とは何者か?
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph byJIJI PRESS
posted2026/08/10 11:00
春夏通じて初の甲子園出場を決めた広島の市立福山。「普通の公立校」がなぜ大舞台に辿り着けた?
高校は名門・広島商の出身。1982年にはセカンドとして全国準優勝を経験した。順天堂大学を経て89年に西条農の監督となると、2年後の91年夏に早くもチームを甲子園へと導いている。
ただ、現役時代の広島商は6度の日本一と言わずもがなだが、西条農も小田が監督に就任する前年の88年にセンバツに出ていたように、すでに両者には甲子園という下地があった。それがない、まったくのゼロベースのチームを作り上げるうえでの原点となったのが、2005年に就任した総合技術での監督時代である。
開校直後の公立校に赴任…「3年後、どうなりたい?」
同年に開校したばかりのチームを任された小田が最初に着手したのは、現実を植え付けさせることだったという。
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野球部1期生に小田が「3年後、どうなりたい?」と問うた。すると彼らは「甲子園に行きたい」と答えた。「周りの高校と自分たちを比べてどう思う?」と問い詰める。すると「正直、1回は勝ちたいです」と、選手たちは本音を打ち明けた。
ここでようやく、小田が現実を説く。
「『1回は勝ちたい』と簡単に言うけど、100チームあったら上位半分に入るってことなんだよ。初戦の相手だって下から2番目の高校と当たるかもしれないし、トップ10の高校と対戦するかもしれない。そう考えたら、1回勝つって大変なことじゃない。でもね、そこを乗り越えたら、今度は25校に入れる。3つ勝てばベスト8だって見えてくるよね」
1勝の重みと勝利の積み重ねを丁寧に説明していく。「そうしていくと、子供たちの顔色が変わってきたんですよ」と、小田が20年以上も前の情景を、昨日のことのように語る。
小田の指導法は、当時としては異色のものだった。
<次回へつづく>

