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サッカー“日本代表の司令塔”が勝てなかった「愛媛の天才少年」とは何者だった?「将来はアーセナルに…」本人が語った“ライバルとの物語”
posted2026/08/06 06:00
北中米W杯でゴールを決めるなど活躍した鎌田大地。その幼少期のライバルだった「天才少年」はいまどうしているのだろうか?
text by

NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
photograph by
Kiichi Matsumoto/JMPA
あの鎌田大地が「勝てなかった」愛媛の天才少年
2008年、全日本少年サッカー大会愛媛県予選の決勝戦。地元の放送局には、その中継映像が今も残っている。映像の中で、試合を伝える実況はある微笑ましいエピソードを熱っぽく語っていた。
《鎌田は相手エースの清川が『将来、アーセナルに行く』という話を聞いて、『僕はマンチェスター・ユナイテッドに行きます』と言い返しました》
実況が「清川」と呼んだ清川流石は、その一幕をこう振り返る。
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「県大会で優勝したときのインタビューで、自分が『夢はアーセナルに行くことです』みたいなことを言ったのは覚えています。兄の影響で、当時からプレミアリーグが好きだったんで」
その言葉の通り、この試合で全国大会の切符をつかんだのは清川を擁した帝人SSだった。清川はこの大会のMVPも獲得し、その後にはU-12ナショナルトレセンのメンバーにも選出。名実ともに四国No.1の小学生選手として名を馳せることになった。
「小学校時代の大地とは、大きな大会では2回対戦しているのかな。結果だけ言えば、どっちも僕のチームが勝てました」
2人はその後、互いに愛媛FCジュニアユースへの加入を考えるほど近い存在だった。しかし、結果的に鎌田はガンバ大阪のジュニアユースへと進むことを決めた。清川は当時の心境をこう語っている。
「寂しかったこともあって、『いや、お前ガンバ行くんかい!』みたいに言った記憶はありますね(笑)」
ここから四国という同じ島に生まれた2人の天才少年の物語は、少しずつ異なるストーリーを紡いでいくことになる。今年で30歳を迎えた彼らは、一体どんな軌跡を描いていったのか──その答えは本編で語られている。
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