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「部活の体を成していない」練習は閑散、熱血指導は空回り…弱小だった“偏差値78”「関西の超進学校」ハンドボール部が強豪になった“奇跡の軌跡”
posted2026/08/05 11:01
今夏のインターハイへの出場を決めた東大寺学園ハンドボール部。現監督が就任した約20年前は、今とは全く違う雰囲気だったという
text by

別府響Hibiki Beppu
photograph by
Shiro Miyake
「これは……部活としての体を成していないなぁ」
2007年に東大寺学園中学・高校へと赴任した安井直人は、当時のハンドボール部の状況を見てシンプルにそんな感想を持った。
経験していた「指導者がいない辛さ」
もともと東大寺学園のOBだった安井は、大学を卒業して国語の教員として母校へと帰ってきていた。超進学校での学業指導はもちろん楽しみであったが、同時に自身が中高時代に打ち込んだハンドボール部での活動にも力を入れたいと考えていた。
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「もともと高校生の時にキャプテンだったんですけど、当時は学校も全然部活動に力をいれていなくて。僕自身はすごくちゃんとやりたくて、同級生とお金を出し合って『体育館、借りて練習するぞ』みたいなことまでやっていました。だから、やりたいのに指導者がいない辛さはすごくよく分かっていました。なので、自分が教える側になったらちゃんと熱意をもってやろうと思っていたんです」
安井が高校を卒業して5年が経った当時でも、大きく状況は変わっていなかった。週に練習日は5日あるはずが、日々の練習にはほぼ人がいない。それでも昔の安井と同じような想いを持った部員はいた。「若いOBが来てくれた。やっと部活を見てもらえる」という期待も感じたという。
ただ、結果から言えば――最初の数年間、安井の指導は全く上手くいかなかった。
「端的に言えば『部活とはこうあるべき』という自分の理想を、部員に押し付けすぎてしまっていました」
当初、安井が自分の中で決めた目標が「6年以内で全国大会に出る」というものだった。
これから中学・高校と指導していくなかで、最初に指導した子たちが高校を卒業するまでの間にどの世代も全国大会へ行けなかったとしたら――それは自身に指導者の才がないということだろう。その時は「おとなしく諦めよう」と考えていたという。

