獅子の遺伝子BACK NUMBER
「最も影響を受けた指導者は?」に栗山巧が即答…西武元監督と“壮絶打ち込み”で作り上げた打撃術…恩師が語る「たった一度だけクリを叱った出来事」
text by

市川忍Shinobu Ichikawa
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2026/07/27 11:04
今季限りで現役を引退する栗山巧の若き日
積み重ねた「練習量」の結実
大きな成長曲線を描いたいちばんの要因は、栗山の練習に向かう姿勢だったと田邊は言う。
「私がマンツーマンで球出しをして、バッティング練習をしていたときも、何時間やっても自分からは決して『やめたい』とは言いませんでしたね。ほぼ毎日、続けていましたけど、どこかが痛いという言葉も聞いたことはありません。
それだけの練習量をこなしたから、技術だけではなく『これだけやったんだ』という自信が培えたのではないでしょうか。今の時代だったらストップがかかるような練習量でしたが、そのために短い期間で一軍に行けたのではないかとも思っています」
ADVERTISEMENT
自分から練習させてほしいと言ってきた選手は、あとにも先にも栗山と中島裕之(元西武)だけだったと田邊は振り返る。
「今は科学的なトレーニングなども確立していて、しっかりトレーニングの時間が確保されています。それは素晴らしいこと。一方で、当時のようにバッティングだけに力を入れることはしづらくなっていることも確かですね。ただ当時は練習で追い込むことで、疲れた中でも、どういうふうに力を出すかという考え方を養おうとしていました。今、考えてみると荒っぽい方法ですが、それがクリにとってはよかったのかなと思います」
「一度だけ叱った」出来事とは…
当時の室内練習場にはもちろん冷暖房はない。真夏の、室温が40度を超えるのではないかと思うような環境で、練習は続いた。試合前、試合後、田邊はティー打撃やフリー打撃のためにボールを出し続けた。
選手のなかには涙を流してバットを振り続ける者もいた。それほど練習はきつかった。
しかし、栗山は一度も音をあげることがなかったと振り返る。
では、そんな栗山を一度だけ叱ったことがあると田邊が振り返る出来事とは何か。後編では栗山の入団当時のエピソードに触れる。〈つづく〉

