獅子の遺伝子BACK NUMBER
栗山巧へ「ライオンズをよろしくお願いします」元監督が振り返る2000安打に至る道「サインはいつも“好きなように打て”」「引っ張り禁止令の舞台裏」
posted2026/07/27 11:05
田邊監督(当時)と栗山
text by

市川忍Shinobu Ichikawa
photograph by
JIJI PRESS
今シーズン限りでの引退を発表し、プロ野球人生の集大成となる日々を送っている埼玉西武ライオンズの栗山巧外野手。シーズン最多安打記録や4度のベストナイン獲得、2000本安打達成など数々の実績を残してきた野球人生の成功の秘密と、ファンに愛される理由を周囲の証言から紐解く。第2回は栗山にとって“恩師”である元監督の田邊徳雄三軍野手コーチに聞いた。〈全2回の後編/前編も公開中です〉
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今シーズン限りでの引退を発表している栗山巧外野手。彼に最も影響を与えたと言われているのがライオンズ三軍野手コーチの田邊徳雄だ。
指導者として携わってきた長い時間のなかで、一度だけ栗山を叱咤したことがあると振り返る。
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「入団1年目だったと思います。ファームで教育リーグを終えて、イースタン・リーグの公式戦に入っていくくらいの時期でしたか。一回だけちょっと叱ったことがありました。入団1年目ですから、そう簡単には試合に出られないわけですよ。その試合でクリはバット引きをしていたのですが、ちょっとふてくされているような態度を見せた。その時はガツンと強く言いました」
恩師の“諫め”に栗山は…
当時、栗山は高校までのポジションの外野手ではなく、内野にコンバートされたばかりだった。守り慣れていないサードでの守備練習で、思うようなプレーができない。当然のことながら試合にも起用されない日々が続いた。得意なバッティングでアピールできないという不満が募ったのだろう。それが表情に表れていたという。
「そこで『ゲームに出たかったら、今出ている人の実力に近づけるように練習するしかないよ』と言った覚えがあります。おまえはまだ首脳陣が試合で使いたいような力を持っていないってことなんだよ、と」
