プロ野球PRESSBACK NUMBER
「勝手をするな!」「ダメになったら責任取ってくれるんですか」西本聖が球界初の“独自調整”を貫いたワケと、伝説の「足上げフォーム」誕生秘話
text by

元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph byKYODO
posted2026/08/01 11:03
誰よりも投げ込みをした西本だが、当時としては先進的なコンディショニングも行い、個性的なフォームを作り上げた。そのプロ根性はどこから来たのか
西本は30代になっても、キャンプでは1日200球の投げ込みを行っていた。「ひじや肩のチェックにくるように」と球団のトレーナーに言われても聞き流し、プールでのトレーニングを優先した。
球界初のプールトレーニング
「投球練習をしてからプールでクールダウンをするようにしていました。水の中で筋肉をほぐしておくと、翌日に疲れが残らない。だから、毎日200球を投げても痛みが出なかったんです。ひじも肩も痛めることはありませんでした。そのうちにほかのピッチャーも真似してプールでクールダウンをするようになりました」
西本はボールを数多く投げ込んで、自分の体に合った投球フォームを身につけたという。
ADVERTISEMENT
「たくさん投げることでフォームが固まり、バランスがよくなって、肩も強くなる。今の選手たちはあまり投げないから、自分に合ったフォームが身につかないし、コントロールもよくならない。少し投げると、ひじや肩を壊してしまう。
僕は投球練習を続けながら、ひじや肩を壊さないために自分なりにいろいろなことを試していきました」
はじめに気をつけたのは十分な睡眠をとること。疲れを残さないこと。
「プールでのトレーニングを取り入れたのは、プロ野球で僕が最初じゃないですか。登板した翌日、よみうりランドのプールに入る。自分なりの泳法で疲れをとるように心がけました」
オリンピックで見るような泳法とは違う。
「平泳ぎでは意味がない。背泳ぎは効果的なんですけどね。ほかにも、ひじや肩のことを考えた泳ぎ方を自分なりに編み出しました。水中でトレーニングをすることでコンディションがよくなる」
チームのコーチはいい顔をしなかったが……
西本は愛媛県松山市にある興居島の出身だ。
「子どもの頃、よく海で泳いでいましたからね。そういう経験が影響しているのかもしれない。ビジターゲームで登板した翌日はグラウンドでの練習ではなく、遠征先にあるスポーツジムのプールで泳ぐようにしていました」
当時、選手が個人契約するトレーナーなどいなかった。チームのトレーニングコーチは西本流の調整法に対していい顔をしなかった。

