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「ぼくは直接、差別されたことはない」大阪の“ラグビーの街”で育った在日コリアン4世・金勇輝(33歳)「ゆうきとヨンヒ」2つの顔を使い分けた小学生時代

posted2026/07/17 11:01

 
「ぼくは直接、差別されたことはない」大阪の“ラグビーの街”で育った在日コリアン4世・金勇輝(33歳)「ゆうきとヨンヒ」2つの顔を使い分けた小学生時代<Number Web> photograph by Toru Yamakawa

昨シーズンまでレッドハリケーンズ大阪でプレーした金勇輝(33歳)。現役を引退し、現在は社業に専念する

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山川徹

山川徹Toru Yamakawa

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Toru Yamakawa

花園で大旋風を巻き起こし、ドキュメンタリー映画まで制作された大阪朝鮮高校ラグビー部。2大会連続の4強入りを果たした“伝説の世代”の中心人物である金勇輝(キム・ヨンヒ)が、ひっそりとスパイクを脱いだ。日本でラグビーを始め、日本代表を志した青年が「韓国代表」を選んだ葛藤と軌跡を辿る。〈NumberWebインタビュー全3回の1回目〉

 自分たちが、誰を代表しているのか。

 その一言が、引退を決断したひとりの選手の胸を突いた。

 2026年6月7日、ジャパンラグビーリーグワンは、コベルコ神戸スティーラーズの初優勝で25-26シーズンを終えた。試合後、優勝について問われた共同キャプテンの李承信(リ・スンシン)はこう答えた。

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「自分たちが誰を代表しているのか、というのを常に常に問い続けながらラグビーをしてきて……」

 大阪朝鮮高校ラグビー部の後輩でもある日本代表の司令塔の言葉に、金勇輝は自身の歩みを重ねた。自分だけのために努力し続けるのは限界がある。だが、家族や恩師、日本や韓国で出合ったラグビー仲間、そして在日コリアンコミュニティー。

 たくさんの人の思いを背負ってきたからこそ、30年間もラグビーを続けることができたのかもしれない、と。

 在日4世である金のキャリアは、まさに「誰を代表して戦うのか」という問いとともに歩んできた軌跡だった。

【次ページ】 花園4強、法政大時代にU20日本代表選出

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