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「それは、逆に日本人を差別しているんじゃないか?」大阪朝鮮ラグビー部“結束の絆”在日コリアン4世・金勇輝の証言…在日の高校生に刺さった監督の問い
posted2026/07/17 11:02
少数精鋭ながら2年連続で花園4強を果たした大阪朝鮮高(2011年1月撮影)。チームを中核を担った金勇輝(左)をはじめ、トップリーグで活躍する選手を多数輩出した
text by

山川徹Toru Yamakawa
photograph by
NIKKAN SPORTS
大阪朝鮮高校ラグビー部の最強世代を率いた監督の呉英吉(オ・ヨンギル)は、2000年代後半、ヘイトスピーチにさらされる教え子たちにこんなふうに語りかけた。
「日本人が在日を差別していると思って被害者意識を持っていたら、在日も日本人を逆に差別していることになるんじゃないか。それでは、お互いの距離は広がるばかりや。日本の学校のおかげで試合ができるんやから、そのことに感謝して、自分たちから歩みよろう」
1968年生まれの呉もまた、公式戦の出場すら許されなかった時代に大阪朝鮮高校で楕円球を追った一人だ。朝鮮学校に花園への道が開かれたのは、高校ラグビー関係者の理解と支えがあったからこそ。呉の言葉には、その歩みを身をもって知る者だけが持つ説得力があった。
プラチナ世代を呼ばれた1993年組
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体育教師でもあった呉は、金勇輝の高校時代を笑いながら振り返る。
「ラグビー一筋ではなく、クラス委員をやって、文化祭や運動会、恋愛にも全力でした。ラグビーは上手かったけど、実は野球やサッカーが苦手。それでも恥ずかしがらずに、前向きに挑戦していました」
プラチナ世代。2010年度に高校3年となった学年は、ラグビー界でそう呼ばれるようになる。
松島幸太朗、福岡堅樹、小倉順平、流大、布巻峻介、徳永祥尭……。金と同学年には、のちに日本代表として活躍する選手が名を連ねた。呉は言う。
「勇輝自身もその一人で、みんなライバル意識を持って、ラグビーに取り組んでいました。高校日本代表には、個性があって爆発力がある選手が選ばれるケースが多いのですが、勇輝は派手なプレーが得意だったわけではありません。すべてはチームファーストで、地味だけど堅実で仲間を活かすプレーヤーでした」

