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「ここは俺でしょ」本田圭佑23歳が中村俊輔と“モメた日”…なぜ“W杯での再会”は感動的だった?「俊さんよりFKがうまいと思ったことない」特別な関係性
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戸塚啓Kei Totsuka
photograph byJMPA
posted2026/07/07 18:13
若き日の本田圭佑と中村俊輔。2010年、南アフリカW杯のキャンプ地ジョージで
一切不満を漏らさず、チームを支えた中村俊輔
不慣れな1トップで起用された本田は、カメルーン戦で決勝弾をゲットした。デンマーク戦では先制点となる直接FKを突き刺し、岡崎慎司のチーム3点目をアシストした。
中村はどうだったか。オランダとの第2戦で64分から出場したのが、南アフリカでの唯一のプレー機会だった。
自身初のW杯となった2006年のドイツは、不完全燃焼で終わった。オーストラリア戦、クロアチア戦、ブラジル戦と3試合連続でフル出場したが、チームは1勝もできずに大会を去った。
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4年後のリベンジを期して、日本代表を牽引してきた。それなのに……。
悔しさが胸のなかで暴れだしそうになるなかで、中村は控え選手のひとりとしてチームを支えた。自身と同じく直前でポジションを失ったGK楢崎正剛、チームキャプテンとしてまとめ役に指名されたGK川口能活らとともに、チームへの忠誠心を行動で示したのだった。
キャンプ地のジョージでは、毎日の練習後に取材機会が設けられる。試合に出ていないとしても、背番号10の言葉には重みがある。自らを遠慮がちに囲む記者に、中村はいつも通りに接し、チームの戦いぶりを肯定した。試合に出場できない不満や、批判めいた言葉は、ひと言も発しなかった。
「俊さんよりFKがうまいと思ったことはない」
中村は南アフリカW杯を最後に、日本代表から引退した。その後、Jリーグで戦っていた彼が、本田との直接的な接点を持つことはなかった。
本田は2014年のブラジルW杯でも主力としてプレーした。自身3度目となる2018年のロシアW杯では、途中出場のカードとして起用された。
日本代表のシンボルとして戦う重圧を知り、スタメンから外れる悔しさを噛み締め、それでもチームのために自らを奮い立たせる。はからずも同じような立場を経験した中村と本田は、お互いをリスペクトする関係となっていったのだろう。
のちに本田は「後にも先にも、自分が俊さんよりFKがうまいと思ったことはない」と話している。それをわかっていてなお、あのオランダ戦では「ここは俺でしょ」と主張したのだ。世界的なFKの名手とされる中村の技術の高さを、同じ左利きのキッカーとして誰よりも理解していたのは本田だったのかもしれない。
そもそも、誰かを意識するのは、相手の力を認めているからに他ならない。ライバル関係ではなくなった彼らが打ち解けるのは、むしろ自然なことと言っていい。
中村と本田だからこそ、共感できる部分がある。ダラスのピッチで交わしたごく短い会話には、日本代表の歴史と、ふたりの特別な関係性が詰まっていた。


