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「そりゃ中村敬斗だしな…」指導者が予言していたW杯での活躍…“少年時代の中村敬斗”いったい何がすごかった?「“育てた”なんて全く思わないです」 

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澤田将太

澤田将太Shota Sawada

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photograph byKaoru Watanabe/JMPA

posted2026/06/20 11:16

「そりゃ中村敬斗だしな…」指導者が予言していたW杯での活躍…“少年時代の中村敬斗”いったい何がすごかった?「“育てた”なんて全く思わないです」<Number Web> photograph by Kaoru Watanabe/JMPA

日本代表の得点源として大きな期待を集める中村敬斗。少年時代の指導者はW杯での活躍を“予言”していた

 トーアの低学年の練習終わりには、少し変わった光景が見られる。子どもたちが一列に並び、独特な手拍子のリズムに合わせて、みんなで歌って練習を締める習慣があるのだ。ピアノの調律師だけあって音楽への造詣が深く、自身もバンド活動をしていた野寄は、スポーツにおける「リズム」の重要性を強調する。

「練習の後にみんなで歌ったりリズムを取ったりするのは、一種の『音感教育』なんですよ。リズム感というのは、人間の成長において6歳から8歳くらいの間にベースが身につくんです。だからうちの練習では、ブラジル体操やいろいろな音楽のリズムを意識的に取り入れています」

 体と足でリズムを刻み、ステップを踏みながらボールを扱うセンス――野寄によると、この運動の神経回路は12歳ごろまでにほぼ完成してしまうものだという。この調律師の感覚こそが、中村の才能に強く惹かれた理由でもあった。

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「敬斗はもともと体の使い方に独特なリズムを持っていた。だからリフティングも簡単にできちゃうし、相手の裏をつけるんですよ。三笘(薫)選手なんかもそうですよね」

中村敬斗にとって重要だった「個の尊重」

 リズム感を身体に染み込ませ、低学年のうちはとにかく自由にボールと遊ばせる。それが野寄の基本スタンスだが、単なる放任主義というわけではない。むしろ、子どもの成長曲線に合わせて指導者の役割はガラリと変わるという。

「僕はね、14歳が一番大事だと思っています。小学校高学年から中学生にかけて、子どもたちの心と体は大きく変わり始める。サッカーとの向き合い方に悩んだり、サッカー以外のことも目に入ってくる。精神的に壁にぶつかる時期なんです。だから、そこは指導者がちゃんと見てあげなきゃいけない」

 小学6年時に柏レイソルのアカデミーを離れた中村は、中学時代を三菱養和SCで過ごすことになる。個人を尊重し、それぞれの特性に合った成長をサポートする同クラブは、学校の部活ともプロの下部組織とも異なり、野寄の哲学とも共鳴する独自の育成文化を持つ場所だった。14歳という多感な時期に「大人の型にはめられない環境」を与えられたことは、中村にとっても幸福なことだったに違いない。

【次ページ】 「ただただ、最初から全く違った。それだけなんです」

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