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“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
小川航基「W杯まじ楽しいです」“何度もケンカした恩師”が涙した理由...オランダ戦“幻のゴール”後に届いたメッセージ「次は必ず点獲ります」
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安藤隆人Takahito Ando
photograph byAP/AFLO
posted2026/06/19 11:09
オランダ戦の得点は鎌田大地(左)のゴールとなったが、小川は恩師にチュニジア戦での活躍を約束した
小川は、感情を抑えきれず、仲間たちが見ている前で強い口調で言葉を発したことを謝罪した。同時に自分の行動の意図を偽りなく説明した。それは単に弁明のためではなく、キャプテンとしての自覚から自然と湧き出た行動だったのかもしれない。
しっかりと目線を送る小川の姿に、鈴木は未来を予見した。
「あの表情で『もう大丈夫だ』と確信しましたし、改めて、こんな高校生はなかなかいないと思った。プレー面だけではなく、感情が出てしまった後にきちんと自分に向き合えるし、客観的に自分を見つめて、自らの意思で行動する力を持っている。すごいなと思いました」
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鈴木家のリビングには、早朝にもかかわらず、熱を帯びた時間が流れていた。
「お前はとんでもないものを持っている。だからこそ、もっとチームを引っ張って欲しい。エースの自覚を持ってやって欲しい」
「はい、分かりました。全力でやっていきたいと思います」
二度の衝突を経た小川はキャプテンとしてチームを牽引した。最後の選手権はPK戦の末に3回戦敗退となったが、その青森山田戦では高い打点のヘディングシュートと鮮やかな反転シュートで2ゴールの活躍。インターハイと同じ結果となったが、試合中も試合後の立ち振る舞いも、あの時とはまったく違った。毅然とした態度でチームメイトたちを最後まで鼓舞し続けた。
靭帯断裂、東京五輪落選
プロの世界に飛び込んでからも、決して順風満帆なサッカー人生を歩んできたわけではない。堂安律や久保建英らと出場したU-20W杯では、日本代表の絶対的エースストライカーとして出場するも、グループリーグ第2戦で着地に失敗し、左膝半月板損傷および前十字靭帯断裂の重傷を負った。復帰後、所属したジュビロ磐田では思うように出番を掴めず、東京五輪代表から落選。その後はJ2でプレーするなど、もがく時間が長かった。
しかし、小川は這い上がってきた。2022年に当時J2の横浜FCでリーグ26ゴールをあげて復調すると、オランダのNECナイメヘンに移籍。以降はコンスタントに日本代表に招集されては結果を残し、28歳で夢のW杯出場を果たした。
困難に直面するたびに、始発電車でグラウンドへ駆けつけたように、始発電車で監督の自宅へ向かったように——自分が信じることを迷わず行動に移せるのが、小川の凄みなのかもしれない。
「たくさん挫折を経験したけど、それでも自分で乗り越えていける選手。ケガの時も、五輪に落選した時も、J2でプレーする時も、オランダで試合に出られない時も、必ず航基は学校に来て『頑張ります』と決意表明をして帰っていく。彼はね、どんなに落ちても浮上するエンジンを持っているんです。心の中に『ゴール』という明確な目標があって、これを獲れば必ず評価されるというマインドが常にある。どんな時もゴールを奪うことにこだわり続けたから、自分のやるべきことを見失わなかった。自分の存在価値を証明するのはゴールのみという考えはずっとブレていないんです。W杯に向かう時も『絶対に点を獲ります』と決意表明をしていましたから」



