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高校時代は野球部「エースで主将」がまさかの転身…偏差値70超“異色の国立大ランナー”が《関東インカレ決勝進出》目指すは「大学史上初の箱根駅伝」の衝撃
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別府響Hibiki Beppu
photograph byTakashi Shimizu
posted2026/05/25 11:25
関東インカレ2部5000mで国立大勢唯一の出場となった一橋大4年の有川紘樹。高校時代は「野球部でエース」だった異色のランナーの現在地は?
「これまではハーフに苦手意識があった」という有川だが「2月の学生ハーフで目標だった1時間2分台を出すことができたので、そこはひとつ手応えになったかなと。ただ、今回のような大きい大会で強豪校の選手と走った時に、どうしても先着できないというか。タイムだけじゃない、勝負強さみたいなところがまだ自分は弱いのかなと思います」。
そんな風に現在地を分析する有川だが、実は名門国立大所属という以外にも“異色の経歴”を誇る。
高校時代は「硬式野球部のエースで主将」!?
小学校から高校まで打ち込んでいたのは、硬式野球。本格的に陸上競技をはじめたのは大学入学後だという。都立武蔵高校時代にはエースで主将として高3の夏までチームを牽引していた。
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「野球をやっているときも素人なりに長距離が得意だな……という感覚はあったんです。陸上部の人数が足りなくて、駅伝に駆り出されることもあって。そういう中で楽しいな、自分も頑張れば上に行けるのかな、と思って大学では陸上を選びました」
大学入学後は主に中距離を軸に力をつけ、2年時の5月に初めて走った5000mは15分32秒。同年代の強豪校のランナーと比すれば、優にトラック2周近い差をつけられるようなタイムだった。それでもその秋には一気に記録を1分以上縮めて関東学生新人陸上の5000mで優勝するなど、そこからの記録の伸びは驚異的と言っていい。
強豪校のエリートランナーたちが高校3年間をかけて必死に削り出すタイムを、有川はわずか半年で飛び越えてしまったわけだ。
学生スポーツ界でも屈指の人気を誇る箱根駅伝の存在もあり、大学長距離種目は昨今、各大学が強化にかなり力を入れている。当然、そのレベルも相当に高くなっている。必然的にほとんどの選手が中高時代から全国レベルの大会で実績を残したランナーばかりで、大学から競技を始めた選手がインカレや箱根路に出場できたケースというのは、ほとんど耳にしない。
では、なぜ有川はこのような異質なバックボーンの中で成長することができたのだろうか?

