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「マキちゃん、ごめんね」恋愛を選んだジャッキー佐藤が、マキ上田に告げた日…ビューティ・ペアはなぜ“電撃解散”したのか? 全女の伝説レスラーがついに告白
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伊藤雅奈子Kanako Ito
photograph byShiro Miyake、東京スポーツ新聞社
posted2026/05/28 11:01
「ビューティ・ペア」で一世を風靡した伝説のアイドルレスラー・マキ上田さんのインタビュー【第2回】
解散から数年…ジャッキー佐藤からかかってきた電話
――その決断に後悔はなく?
マキ そうですね。“かけぬけました”よね。あのときはわかってなかったですけど、もっとわがまま言ってたら、家の一軒は建ってたでしょうね。
――一軒家どころか、マンション一棟は買えたでしょう。
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マキ ははは(笑)。
――引退後は芸能界で俳優、歌手として活動されましたが、そのころに、ジャッキーさんと連絡を取っていたんですよね。
マキ 取っていたというか、ジャッキーも(1981年に)全女を辞めてから、電話がかかってきたんですよ。新しい団体をやるっていうんで。
――1986年に旗揚げされたジャパン女子プロレスですね。
マキ それですね。「一緒にやってくれない?」っていう誘いの電話だったんですけど、私からすると、「あんた、なんでビューティが解散したかわかってるの? なに考えてんだよ、こいつ」っていう感情だったけど、そうは言わず、「私はもういまの仕事を見つけてるから、辞めてそっちに行く気はないよ」と。新団体でビューティがそろうと、そりゃあ宣伝効果がありますよね。それを目的で入団する子もいるでしょうし。
「私のプロレスは、全女で終わりだよ」
――当時は全日本女子プロレス興業にクラッシュ・ギャルズがいたので、対抗団体でビューティ・ペアが復活すると、桁違いの話題になったでしょうし。
マキ クラッシュがいたんですか。だったら、そういう狙いもあったんでしょうけど、「私にとってのプロレスは全女だけだよ。全女で終わりだよ」と、そう伝えました。そしたら、もうそれ以上はなにも言ってこなかったですね。で、その電話の何日かあとに、ナンシー(久美)から連絡があったんですよ。私が断ったあと、ナンシーに電話をしたらしく、「どうしましょう」って相談されたんですけど、「私は行けとも行くなとも言えないよ。おまえの人生だから、自分で決めろ」って。最終的には、ジャッキーに押し切られたみたいで、行きましたよね。
――ジャパン女子の動向は、気になりましたか。
マキ いえ。ぜんぜん。新聞か雑誌で、リングの上で(アントニオ)猪木さんが花束を渡してる写真を見ましたけど、それぐらい。もうプロレス自体を見てませんでしたから。辞めて、興味がなくなってしまったので。

