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小川直也が橋本真也を“一方的なボコボコ”に…「1・4事変」はなぜ起きた?「小川さんの“暴走”だったと思う」乱闘に参加したタイガーマスクが明かす真実
posted2026/07/05 11:00
「1・4事変」として語り継がれる1999年東京ドームでの小川直也vs橋本真也
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堀江ガンツGantz Horie
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東京スポーツ新聞社
新日本プロレスのジュニアヘビー級を長年支えてきたタイガーマスクが、7月7日の後楽園ホールで現役を引退する。
新日本のタイガーマスクと言うと、キャリアの長いファンなら、80年代前半に一大プロレスブームを巻き起こした佐山聡の名が、真っ先に思い浮かぶだろう。83年の佐山タイガー引退後、全日本プロレスの三沢光晴が2代目タイガーマスクに変身。90年に三沢がマスクを脱いだ後は、92年に新日本プロレス旗揚げ20周年記念の企画として金本浩二が3代目となった。
確執を生んだ“1・4事変”
現在のタイガーマスクは、それに続く4代目。三沢、金本と違い、佐山聡に総合格闘技シューティング(現・修斗)の技術を叩き込まれた初代タイガーの直弟子。95年7月15日に後楽園ホールで行われた、漫画『タイガーマスク』の原作者である梶原一騎の追悼大会『95格闘技の祭典』でデビューした。
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以後、歴代で唯一デビューから今回の引退まで31年間、一貫して覆面レスラー「タイガーマスク」として闘い続け、もちろんタイガーマスクとしての純粋な活動期間は歴代最長だ。
4代目タイガーは、ルーキー時代にみちのくプロレスに所属した後、02年12月から正式に新日本プロレス所属となり、IWGPジュニアヘビー級王座を6度、IWGPジュニアタッグリーグを2度獲得。ジュニア最強を決める年に一度のリーグ戦『BEST OF THE SUPER Jr.』で2004年、2005年と2連覇を果たすなど、まさに新日ジュニアを牽引。2020年に獣神サンダー・ライガーが引退したあとは、新日ジュニアの重鎮として君臨してきた。
そんなタイガーマスクだが、じつは入団前には新日本プロレスとの確執があり、2年間にわたり参戦を拒否していた時期があった。その発端となったのが、1999年1月4日の東京ドーム大会で小川直也が橋本真也を一方的に潰した、通称“1・4事変”だ。

