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“井上尚弥も警戒”中谷潤人の師ルディ・エルナンデスとは何者なのか?「世界王者の弟ヘナロよりセンスあった」知られざる半生「ゲットーで生まれ育ち…」
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宮田有理子Yuriko Miyata
photograph byYuriko Miyata
posted2026/04/30 11:37
中谷潤人だけでなく、トレーナー、あるいはカットマンとして多くの日本人ボクサーに携わってきたルディ・エルナンデス
2000年代には元WBA世界スーパーフェザー級王者・畑山隆則(横浜光)のWBA世界ライト級王座獲得、防衛をサポートした。それからも元WBA世界スーパーウェルター級暫定王者の石田順裕(金沢/グリーンツダ)のアメリカ進出や、伊藤雅雪(伴流/横浜光)のWBO世界スーパーフェザー級王座獲得に貢献。現在は何といっても、現役世界最強を目指す中谷潤人の師匠である。
15歳のルディ少年が世界王者に認められた日
日本初の世界王者・白井義男を育てたアルビン・カーン博士や、教え子それぞれに“自分が最も愛された”と信じさせるエディ・タウンゼント……。日本のボクシングに寄与した名伯楽たちといずれ並び称されるであろう導き手は、そもそも自身こそ、新聞に写真入りで特集されるようなホープだった。
武勇伝はルディが15歳のころにさかのぼる。
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ニカラグア初の世界王者、のちに世界3階級制覇者となるアレクシス・アルゲリョにスパーリングで善戦した。
「打ちおろしてくるジャブを右で払って横に動いて、左フック。それが思った通りよく当たった。アルゲリョはむきになって、もう1ラウンド、と言った。本気でみぞおちを打たれたよ」
すでに世界2階級制覇を果たしていた“ニカラグアの貴公子”は、相手がアマチュアでさえ公式戦未経験の15歳と知ると驚き、褒め称え、約束の25ドルにボーナスを上乗せした40ドルをくれた。法定時給が2ドル50セントだった時代。毎日同じ服で学校に通っていた少年にはとんでもない大金だった。
「人生を変える衝撃だった。ボクシングで稼いで生きていけるかもしれない、と初めて考えた。しかし、いい気にもなってしまった。もともと自分にとって、ボクシングは難しくなかったから」
ロサンゼルス・ダウンタウンの裾野に広がるサウス・セントラル地区に生まれ育った。犯罪が多発する“ゲットー”の代名詞と言っていいエリアである。
父ロドルフォは4人の息子たちには厳しかったが、近所の子どもたちが腹を空かせていれば、なけなしの金をはたいてハンバーガーを与え、悪い大人たちから遠ざけるためにサッカーやボクシングを教えるような人だった。


