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“井上尚弥も警戒”中谷潤人の師ルディ・エルナンデスとは何者なのか?「世界王者の弟ヘナロよりセンスあった」知られざる半生「ゲットーで生まれ育ち…」 

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宮田有理子

宮田有理子Yuriko Miyata

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posted2026/04/30 11:37

“井上尚弥も警戒”中谷潤人の師ルディ・エルナンデスとは何者なのか?「世界王者の弟ヘナロよりセンスあった」知られざる半生「ゲットーで生まれ育ち…」<Number Web> photograph by Yuriko Miyata

中谷潤人だけでなく、トレーナー、あるいはカットマンとして多くの日本人ボクサーに携わってきたルディ・エルナンデス

「センスという意味では、ヘナロより上だったかも」

 そんな父に長男ルディが「強制的に」ジムに連れて行かれたのは1974年、11歳の時だった。アーチー・グラントという黒人トレーナーが、遊びたい盛りの少年たちに基本を徹底させ、どう動けば打たせずに打てるか、辛抱強く説いていた。ルディにはその理屈が至極おもしろく、自然に再現できたという。

 アルゲリョに認められた少年は、18歳でプロになった。カリフォルニア州コミッションのご意見番だったジョーイ・オルモスに相談するとノリ隆谷さんを紹介された。リトルトーキョーで金物店を営む日本人のボクシング・マネージャーだ。エルナンデス家と日本との縁の始まりである。隆谷さんは生前、こう語っていた。

「センスという意味では、ヘナロよりルディが上だったかもしれません。でも、勤勉な弟と違って、兄は努力が苦手でした」

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 デビュー3年目の83年、円形劇場ザ・フォーラムが若手の登竜門として開催したトーナメントのウェルター級に参戦し、準決勝でのちの世界王者ルペ・アキーノ(メキシコ)を破って優勝。WBC同級11位にランクされた。

 だが、それがボクサーとしてのピークだった。1988年3月、3年半ぶりのリングで顎を割られて3回KO負けし、引退。ヘナロに請われてトレーナーに転じた。フランスでの世界王座獲得を挟み、2度の日本遠征。のちに世界王者となるロベルト・ガルシア(米国)の日本でのプロデビュー戦もサポートした。ガルシアは言わずと知れた現在の名匠。世界2階級制覇者ジェシー・“バム”・ロドリゲス(米国)らのトレーナーである。

 1998年にヘナロがフロイド・メイウェザー・ジュニアにWBC世界スーパーフェザー級王座を奪われて引退すると、ルディは近隣のジムで職を得て、子どもから大人までボクシングを教えた。「この仕事を一生やりたいと思ったのはこの時だった」。が、一家を養うには足りなかった。やむをえず警察官に応募しようとした矢先の2000年。アルゲリョ以来の「ゲームチェンジャー」が現れる。畑山隆則だ。

【次ページ】 “ゲットーに育った男”がボクシングで得た人生

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