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「ケイタ、僕らには君が必要だ」“北極圏の未踏壁”を越えた世界的クライマーが語った“38歳で急逝した日本人”の肖像「彼の選択は、非常に勇気のある決断…」
text by

寺倉力Chikara Terakura
photograph byJulia Cassou
posted2026/06/22 11:01
2024年6月に急逝した日本人クライマーの倉上慶大を北極圏の未踏壁への挑戦に誘っていたというベルギー人クライマーのショーン
帰路、彼らはそのまま壁のなかに留まり、可能な限り、エイドで登ったピッチをフリーで登ろうとトライした。フリークライミングにこだわったのである。結果として6ピッチをフリーで登り切り、最終的に3ピッチのみがエイドのまま残された。
「フリー化できなかったピッチは、非常に難しいスラブでした。感覚としては、おそらく5.14台の難度。もしこれが家から近い岩場であれば、登れないことはないと思います。でも、ここは世間から隔絶された北極圏の岩塔で、チャンスは限られていました。もしもケイタだったら、登れたかもしれません。ただ、それはわかりません。僕らはできる限り粘りましたが、悪天候の到来を前に下山する判断をしました。僕らがフリーで登れなかった3ピッチは、次にこの壁に挑むクライマーへ残された課題です。おそらく、大いにモチベーションをかきたててくれるでしょう」
「ケイタに捧げるいいルート名はないか」
全員が無事にアイスランドへ戻ると、彼らは登攀成功の知らせを鈴木岳美に送り、「ケイタに捧げるいいルート名はないか」と尋ねた。
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そうして鈴木の提案により、このルートには「龍心(Ryu-Shin)」という名が与えられた。それは、尺八奏者としての倉上の竹号だった。
シリアスなクライミングとは裏腹に、ショーンは驚くほど陽気な男だった。その場の雰囲気を大事にし、場を和ませるようなジョークを口にしては、ケラケラと笑った。そんな彼に助けられるように、インタビューは思いがけないほど順調に進んだ。
その雰囲気に乗って、胸に秘めてきた質問を彼にぶつけた。いつもなら避けて通る「仮定の話」に対する問いだ。
「もしもショーンが、心臓発作を起こした倉上さんと同じ状況に立たされたなら、あなたは彼と同じく除細動器の埋め込みを拒み、突然死のリスクを受け入れたうえで、クライミングを続ける人生を選択できますか?」
ショーンは「んー」と唸ったまま、しばらく言葉を失った。そして長い沈黙のあと、こう言った。
「とても難しい質問ですね。どう答えていいか本当にわからない。ただ、自分もケイタと同じ決定をすることは、十分に想像できます」

