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「ケイタ、僕らには君が必要だ」“北極圏の未踏壁”を越えた世界的クライマーが語った“38歳で急逝した日本人”の肖像「彼の選択は、非常に勇気のある決断…」 

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寺倉力

寺倉力Chikara Terakura

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photograph byJulia Cassou

posted2026/06/22 11:01

「ケイタ、僕らには君が必要だ」“北極圏の未踏壁”を越えた世界的クライマーが語った“38歳で急逝した日本人”の肖像「彼の選択は、非常に勇気のある決断…」<Number Web> photograph by Julia Cassou

2024年6月に急逝した日本人クライマーの倉上慶大を北極圏の未踏壁への挑戦に誘っていたというベルギー人クライマーのショーン

 大学時代の倉上は軽音楽部でテナーサックスを吹き、クライミングを始めてからは尺八に出会い、クライミングの合間を縫って、師匠のもとで修練を重ねていた。一方、ショーンは、母の母国であるアイルランドの伝統楽器、ティンホイッスルという縦笛を遠征に必ず携え、悪天候の停滞日などに演奏して楽しんでいたという。そんな意外な共通点が二人にはあった。

 ショーンと倉上は、これまで一緒にロープを結んで登った経験はなかったが、新たなメンバーとなったピート・ウィタカーは、倉上と組んでエルキャピタンで新ルート開拓に挑んだ経験を持っている。そのピートのお墨付きも相まって、倉上をチームに迎え入れることに迷いはなかった。

「最初にケイタには、完登の成功率はかなり低いと、正直に伝えました。すると返ってきたのが、『それはきっと、人間の精神力の強さを試すことのできる課題ですね。本当に楽しみです』という言葉でした。その返答には、心から感銘を受けました。彼は、まさに僕らが必要としていたクライマーでした。実際に一緒にロープを結んだことはなくても、内面的な部分では、すでに深く共感し合えていることが、はっきりと感じられたのです」

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 ショーンと倉上はメールで何度も打ち合わせを重ねた。集合場所はアイスランド。そこからヨットで北上する計画で、装備も食料も全員分が用意されていた。

出発2週間前…ショーンの元に届いた訃報

 そうして出発まで2週間を切ったある日、ショーンのもとに受け入れがたい報せが届いた。倉上が富士山でのトレーニング中に逝去したという。知らせをもたらしたのは、倉上の推薦でクライマー兼撮影班として遠征に加わる予定だった鈴木岳美だ。

「タケミからのメールを読んで、最初は打ち間違いか、翻訳ミスかと思ったんです。でも、タケミに連絡して、何が起こったのかを知りました。そして倉上亡き今、自分も遠征に参加することはできないと」

 深い悲しみのなか、ショーンたちは数日間にわたって話し合い、やがて、倉上がいなくても遠征を実行する、という結論に至る。おそらく倉上なら、それを望むはずだ。誰もがそう感じでいた。

 こうして2度目の挑戦には、ショーン、ピートに加え、女性フォトグラファーのジュリア・カスーが参加。さらに、倉上に代わって、イギリス人クライマーのショーン・ウォーレンが遠征直前に加わった。

 アイスランドを出発する前に、彼らは倉上のポートレート写真にラミネート加工を施した。それをポケットに忍ばせて登ることで、倉上はいつも彼らとともにある。4人で編成されたチームは、そのとき確かに「5人」になっていた。

【次ページ】 「ケイタのことを考えると、不思議と力が湧いてきた」

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#倉上慶大
#ショーン・ヴィラヌエバ・オドリスコール

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