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富士山で急逝した“世界的クライマー”…なぜ倉上慶大は「心臓病でも手術を受けなかった」のか? 死の直前に計画していた「北極圏への冒険」秘話
posted2026/06/22 11:00
2024年6月に急逝した日本人クライマーの倉上慶大。死の直前に考えていたという登攀計画とは?
text by

寺倉力Chikara Terakura
photograph by
MIki Fukano
2024年8月下旬、ショーン・ヴィラヌエバ・オドリスコールは、3人の仲間とともに、グリーンランド南東部に聳える大岩塔のピーク直下に達していた。その名も「ミラーウォール」。鏡のように磨かれた、美しくも困難な岩壁だった。
登攀を開始してすでに10日目。この日、ようやく山頂へと抜ける目処が立った。彼らはこの崖にポータレッジ(※吊り下げ型の簡易寝台)を設営し、ビバークして翌日のサミットプッシュに備えることにした。
その日の登攀を終え、固定したロープを整えていると、ショーンの胸ポケットから1枚の写真が滑り落ちた。それは日本人クライマー・倉上慶大のポートレートだった。
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「あっ」と思う間もなく、写真は岩壁に沿って吹き上げられ、一瞬、宙を舞った。ショーンはとっさに腕を伸ばして写真をつかみ取り、今度は慎重にポケットにしまい込み、ファスナーを閉めた。
「ケイタ、まだ君が必要なんだ」
◆
倉上慶大もこのグリーンランド遠征に参加するはずだった。
ショーン自らが声をかけ、意気に感じた倉上が参加を表明したのが、2024年4月のこと。遠征3カ月前という急なスケジュールだったが、当時、倉上がすべての予定を急遽キャンセルして遠征隊への合流を決めた。それは、彼自身が次の目標を「隔絶された地でのビッグウォール・フリークライミング」として思い描いていたからにほかならない。
だが、ショーンが声をかけた「ケイタ」の遠征参加は叶わなかった。
2024年、トレーニング中の心臓発作で急逝
2024年6月26日、倉上は富士山でのトレーニング登山中に心臓発作を起こし、帰らぬ人となってしまう。この富士山への山行はグリーンランド遠征に向けた準備の一環だった。
世界的にも最先端の実績を挙げていたトップクライマーの倉上に、彼が抱える深刻な心臓病についてインタビューしたのは、2022年秋のことだった。
その前年、彼はある日突然、心臓が20分間停止するという危機的な状況に陥り、そこから奇跡的に生還した。
救急搬送された病院で下された診断は、致死性の不整脈を引き起こす可能性のある重篤な疾患「運動誘発型の冠攣縮性狭心症」だった。突然死のリスクを回避するためには、植え込み型除細動器(ICD)を体内に入れる必要があった。100人の専門医がいたら、100人が推奨すると言われ、ほとんどの患者はその勧めにしたがっている。

