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富士山で急逝した“世界的クライマー”…なぜ倉上慶大は「心臓病でも手術を受けなかった」のか? 死の直前に計画していた「北極圏への冒険」秘話
text by

寺倉力Chikara Terakura
photograph byMIki Fukano
posted2026/06/22 11:00
2024年6月に急逝した日本人クライマーの倉上慶大。死の直前に考えていたという登攀計画とは?
だが、倉上はそれを拒否した。その小さな医療機器を体内に入れることで、上体、特に肩や腕の動きが大きく制限されてしまう。それは、自身のクライマーとしての未来を閉ざすと考えた。つまり彼は、突然死のリスクを受け入れたうえでなお、ハードなクライミングを続ける道を選んだのである。
記事は2022年12月に「NumberWeb」に掲載され、クライミングに縁のない読者からも少なからぬ反響を呼んだ。自身の命よりクライミングを優先するという壮絶な生き方の選択。その衝撃が何より大きかったようで、それは私たち取材班にとっても同じだった。
この記事は倉上の逝去に際して英訳され、イギリスの権威あるクライミングメディア「UKC」において、約1万3000文字全文が掲載された。この端的な事実がトラッドクライミングの本場における倉上慶大への確固たる評価、そして深い弔意とリスペクトを雄弁に物語っているように思う。
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「記事を読んだ」と、循環器専門医をしている旧友からも連絡をもらった。彼女は周囲の関係者と記事を共有し、彼の選択について話し合ったという。医師は命を救うためにベストの選択をする。けれども、それは必ずしも患者の「クオリティ・オブ・ライフ」、つまり人生において何を大切にするかという価値観と一致しない場合がある。その事実は、医療関係者にとって非常に重く、常に思い悩まされる問題だという。
倉上は、自身の心臓病を一生かけて向き合う「挑戦課題」として捉えていた。リスクを引き受け、その存在を否定することなく前に進む。その意味で、「クライミングと本質的に同じだ」と、彼は語った。
だが、そこには決定的な違いがあるはずだ。クライミングは完登するか、あるいは撤退して安全圏に戻れば、リスクの針は限りなくゼロに戻る。しかし彼の選択では、いつ、いかなるときも、リスクが消えることはないのだ。
「90%は回復している」ハズだったが…
この取材は心停止からおよそ1年後の秋だったが、その時点で「すでに90%程度までは回復している」と語っていた。食生活を大きく改善するとともに、有酸素運動を積極的に取り入れ、体全体のバランスを整えることで、状況は着実に好転してきたという。事実、ハードなクライミングもすでに再開しており、その言葉には確かな実感が伴っているようにみえた。
その後も倉上とは、取材やイベント会場などで顔を合わせる機会があった。そのたびに彼は、少年のように無垢な笑みを浮かべながら、「今はほとんど大丈夫ですよ」と、決まって同じ言葉を口にしていた。その言葉に、私は何度も安堵し、そのたびに自分自身を納得させていたのだと思う。
だが同時に、常に「突然死」と向き合い続ける日々が、彼の精神に決して小さくない負荷を与えていたことも、私は知っている。

