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「日本国籍を失う。その決断はできなくて」りくりゅう恩師が苦悩“フィギュアペア冬の時代”を乗り越えて…木原龍一、高橋成美が台頭するまで
text by

山田智子Tomoko Yamada
photograph byUtako Wakamatsu
posted2026/05/02 11:02
りくりゅうの恩師でもある若松詩子さん。一躍注目を集めたフィギュアペアだが、“冬の時代”があった
「2001年はスランプで、これ以上は上に行けないだろうなと自分でも感じていました。ペアはきっかけがあったらやってみたいとずっと頭にあったんですけど、日本にはペアの指導者はいないし、外国人と組むしか選択肢がない。きっかけすらありませんでした」
ところが、転機は突然訪れる。
カナダのリチャード・ゴーティエコーチがスケートアメリカでの若松さんを見て「この子はペアに向いている」と声をかけてきたのだ。
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「びっくりしたんですけど、すごく嬉しくて。すぐに『やりたいです。チャンスをもらえませんか』とお願いしました」
見いだされた“ペアでの特性”とは
JSFを通してカナダに返事をすると、「あなたに合うパートナーが空いているよ」と即回答があった。「これでやらなかったら、一生後悔する」と20歳の若松さんは「2週間だけ行ってみよう」とすぐにカナダに飛んだ。
「リフト、デススパイラル、スロージャンプ、いきなり全部やらされましたね。最初は怖かったんですけど、『できるな』という手応えがあったので、大学が始まったばかりだったんですけど、休学して、カナダへ行きました。今振り返ると、よくできたなと思いますよね。若かったので、勢いみたいなものがあったんじゃないですかね。今なら、怖くてできません」
ゴーティエコーチは、若松さんのどこにペアとしての特性を見出したのだろうか。
「小柄(身長152cm)であることと、ジャンプはトリプルトーループとトリプルサルコウがクリーンに跳べている。身体が柔らかく、表現力があるということでしたね。でも、よくよく問い詰めると、『そんなに覚えてない、雰囲気だ』って。『そうなの? ひどーい』って話したことがあります」
若松さんは、最初の2週間でトライアウトしたジャン・セバスチャン・フェクトーとペアを結成。カナダ代表として2003-04シーズンのネーベルホルン杯で優勝デビュー。2005-06シーズンは四大陸選手権で銀メダルを獲得、GPシリーズNHK杯で銅メダルと国際舞台で表彰台に立った。
「シングルでは出ることができなかった世界選手権にも出場することができました。世界トップクラスの環境で5年半ペア漬けの毎日を送ることができて、カナダのナショナルチームに参加することもできた。本当にかけがえのない宝です」
順調なペア人生、だが常に不安がつきまとっていた
しかし、ペアを始めてからずっと抱えている問題があった。

