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「日本国籍を失う。その決断はできなくて」りくりゅう恩師が苦悩“フィギュアペア冬の時代”を乗り越えて…木原龍一、高橋成美が台頭するまで

posted2026/05/02 11:02

 
「日本国籍を失う。その決断はできなくて」りくりゅう恩師が苦悩“フィギュアペア冬の時代”を乗り越えて…木原龍一、高橋成美が台頭するまで<Number Web> photograph by Utako Wakamatsu

りくりゅうの恩師でもある若松詩子さん。一躍注目を集めたフィギュアペアだが、“冬の時代”があった

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山田智子

山田智子Tomoko Yamada

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Utako Wakamatsu

 三浦璃来・木原龍一ペアを「ペア教室」で指導した若松詩子さんが現役当時に直面した日本フィギュアペア冬の時代、その現実とは。〈NumberWebノンフィクション/全4回〉

「もがいて、もがいて」カナダでペア選手になるまで

 若松詩子さんは日本スケート連盟(JSF)が主催する「ペア教室」で小学校時代の三浦璃来を指導し、木原龍一との「りくりゅう」誕生への礎を築いた。さらに高橋成美さんとマーヴィン・トランがペアを作る契機に関わるなど、近年のペア競技の躍進を支え続けた。

 しかし、若松さんの競技人生は、試行錯誤の連続だった。シングルの壁にぶつかり、20歳で単身カナダに渡った。ようやく見つけたペアという希望は、「日本国籍」を捨てるという重い決断を彼女に突きつけることとなる。

 若松さんは日本フィギュアスケート発祥の地・仙台市の出身。名門・勝山スケーティングクラブでフィギュアスケートを始め、高校3年生の時に泉FSアカデミーに移籍。荒川静香さん、鈴木明子さんを育てた名将・長久保裕コーチに師事した。ISUジュニアGPシリーズにも出場する有望なシングルのスケーターだったが、当時の日本の女子シングルは同級生の荒川さんを筆頭に世界屈指の激戦区だった。

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「もがいて、もがいて、それでも全日本ジュニアは5年連続で4~5位。いつも3番にはなれず、あと一歩のところで世界ジュニアに行くことができませんでした。長くジュニアで頑張ったんですけどね……」

「この子はペアに向いている」「すごく嬉しくて」

 全日本選手権は、ジュニアのラストシーズンとなった2000年の5位が最高位。この時の優勝が村主章枝、2位荒川静香、3位恩田美栄、4位鈴木明子と強者揃いだ。シニアに上がった翌年は「精一杯頑張って」、6位。1、2、4位は変わらず。6歳年下の安藤美姫が3位、4歳下の中野友加里が5位に食い込んでいる。

【次ページ】 見いだされた“ペアでの特性”とは

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