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「将棋の内容が良くない」名人・藤井聡太23歳は話したが…“不調説”一掃のタイトル戦6連勝、糸谷哲郎37歳の「斬新な」初手端歩を退ける充実ぶり
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田丸昇Noboru Tamaru
photograph by日本将棋連盟
posted2026/04/15 06:00
名人戦4連覇に向けて好発進を切った藤井聡太名人
糸谷の唯一の勝利は、2025年2月に行われた叡王戦の本戦トーナメント準決勝。後手番の糸谷が横歩取りの戦型に誘導し、中段で双方の飛車角が入り乱れる展開から、糸谷が敵陣に厳しく攻め込んで有利になった。そして竜と馬を鮮やかに捨て、11手詰めで藤井の玉を仕留めた。その結果、藤井の「八冠復活」の可能性は消え、タイトル戦連続出場は19回で止まった。
名人戦第1局では「振り駒」が行われ、糸谷の先手番に決まった。持ち時間はタイトル戦では最も長い各9時間。糸谷の注目の初手は端歩を突く▲1六歩で、名人戦では初めて指された。次いで1筋の歩をさらに伸ばした。開幕前に「斬新な将棋を指したい」と語ったように、未知の戦いに持ち込むつもりだった。
木村義雄-阪田三吉「世紀の一戦」でも
立ち上がりの端歩といえば、89年前の昭和12(1937)年に京都・南禅寺で行われた、木村義雄八段と伝説の棋士・阪田三吉の「世紀の一戦」を思い起こす。後手番の阪田が2手目に△9四歩と端歩を突き、周囲を驚かせた。当時は深慮遠謀の一手、これで十分という自負、負けたときの言い訳、などの声が上がった。
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阪田の孫弟子の内藤國雄九段は後年に、「駒損さえしなければ、どんな形でも指せるという将棋観。強い人ほど将棋はそんなに簡単ではないことを知っている」と、阪田将棋の奥深さを語った。
実際に現代将棋において、立ち上がりで端歩を突いたり、端歩を突き越すのは珍しくない。わざと一手損する手法もある。
振り飛車対居飛車の対抗形では、手の損得は作戦面でそれほど影響しない。ただ相居飛車では、一手損によって作戦面で立ち後れが生じる懸念がある。
早指しの糸谷が藤井よりも早く持ち時間を…
糸谷−藤井戦は「横歩取り」の戦型に進んだ。通常は後手が先手に3筋の横歩を取らせるが、1筋の端歩突きの関係で後手が△7六飛と先手の横歩を取った。以後は▲7七角と上げるのが定番の指し方。前述の2025年の藤井ー糸谷戦(叡王戦)でも、後手の糸谷は△3三角と指した。
糸谷は54分の長考で▲2八飛と下段に引いた。歩損のうえに飛車があまり働かず得策とはいえないが、糸谷は類例が少ない戦型にするために、あえて選択したようだ。
ちなみに▲2八飛の手法は、私こと田丸の師匠の佐瀬勇次名誉九段が60年以上も前に最初に指したという。

