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野球クロスロードBACK NUMBER
15年ぶり「あの名門」が甲子園にカムバック…かつては3度の全国制覇“古豪”が令和の時代に復活のワケは?「失敗しなきゃわからないこともある」
posted2026/03/19 06:00
2011年夏以来の甲子園出場となった帝京。かつては春夏あわせて3度の全国制覇の経験もあるが、近年は苦戦が続いていた
text by

田口元義Genki Taguchi
photograph by
JIJI PRESS
今年も春のセンバツ甲子園が開幕する。注目校のひとつが15年ぶりに甲子園に帰ってきた名門・帝京(東京)だ。春夏あわせて3度の全国制覇を誇る強豪だが、近年は全国の舞台になかなか届かなかった。果たしてそこにはどんな変化があったのだろうか。《NumberWebレポート全2回の1回目/つづきを読む》
15年ぶりの甲子園となるセンバツ。
3度の日本一を誇り、かつて「東の横綱」として君臨してきた帝京としては、あまりにも長い歳月を経ての聖地凱旋となる。
監督の金田優哉の感慨が全てだ。
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「指導者になってからの責任というのは相当、大きなものがあると思っています。選手たちが敗けて、悔しそうに泣いている姿を見続けてきた15年間だったので」
金田は「強い帝京」を知っている。だからこそ、全国の舞台から遠ざかる日々を突きつけられるたびに歯がゆかった。
名伯楽・前田監督の「帝京イズム」
帝京を名門へと押し上げたのは、前監督の前田三夫である。甲子園での監督通算51勝の名将は、厳しき指導者でもあった。
青年監督時代の昭和の“スパルタ教育”を「勝つために必要だった」と否定しない。90年代後半から「選手を尊重した育成」が少しずつ芽吹き始めても「自主性とは積み重ねのもとに成り立つもの」と、時代の変化に迎合しなかった。
金田はそんな前田の薫陶を受け、育った。2002年の夏には2年生ながらベンチメンバーに入り、ベスト4まで勝ち進んだチームの空気感をこのように回想している。
「『負けるはずがない』というぐらいまでの裏付けを作れていたチームでした。どっしりと構えているような雰囲気がありました」

