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「プロ野球引退“3年後”に貯金ゼロに…」大金を失い、会社員生活を経て…元中日・前原博之の“引退後”「フリーターがいきなり大仕事を」コーチ打診の電話 

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岡野誠

岡野誠Makoto Okano

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posted2026/03/29 11:03

「プロ野球引退“3年後”に貯金ゼロに…」大金を失い、会社員生活を経て…元中日・前原博之の“引退後”「フリーターがいきなり大仕事を」コーチ打診の電話<Number Web> photograph by KYODO

1993年、巨人・槙原の暴投で生還する中日・前原博之

 すると、野球への欲が膨らんだ。「第二の親父」と慕う久田電気工事の社長が「俺の会社に所属して、もっと好きなようにやればいい」と誘ってくれた。6年間のサラリーマン生活を経て、今まで以上に野球教室に力を入れられる環境が整った。

「2年ほど経った頃、谷沢(健一)さんから、独立リーグのコーチに誘われたんです。指導者に興味があったので、お世話になると決めました」

 元プロ野球選手にとって、野球を仕事にできるのは望外の喜びである。09年、前原は三重スリーアローズのコーチに就任した。だが、チームの運営は上手くいかず、自身も2年で退団。3人の子供を授かった夫婦は路頭に迷った。

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 そんな時、高校の先輩である高木守道から電話が掛かってきた。11年、中日は落合博満監督が連覇を果たしたものの、契約は更新されず、高木の監督復帰が発表されていた。

パチンコ中に電話「コーチやりませんか」

守道:おまえ今、何やってんだ?

前原:独立リーグのコーチを辞めて、何もしていないです。

守道:そしたら俺がドラゴンズにお願いしようか?

前原:ぜひ、お願いします。

 数日後、岐阜市正木北町のパチンコ店で遊んでいると、携帯のバイブが震えた。慌てて外に出て、受話器を耳に当てると、佐藤良平球団代表から「二軍の内野守備走塁コーチをやりませんか」と誘われた。

「驚きました。まさかコーチの依頼が来るとは……。道具係かなと思っていたので。綱渡りの人生ですが、困っていると救世主が現れるんです」

 落合博満は連覇しながらの監督退任。その後釜を、一次政権の4シーズンで一度も優勝なしの70歳が務める。チームの空気はどうだったのか。

「そんなことを考える余裕がなかったですね。フリーターがいきなり大きな仕事を任されるような感じでしたから。このタイミングで、天の声が降ってきたなと」

「よし、今日も5万稼ぐぞ」給料は貯金

 コーチの年俸は落合監督時代のまま高止まりしており、二軍でも1500万円が支給された。

「球団の仕事は10カ月だから、月150万円ですよ。30日で割ると、日当5万円。朝起きたら『よし、今日も5万稼ぐぞ』と言って、現場に向かいました。敢えて口に出し、自分を叱咤したんです。すごい金額ですから、責任を持って取り組まないといけないと感じました」

 現役の15年で、2億円を稼ぎながら無一文になった前原は失敗から学んでいた。

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