NumberWeb TopicsBACK NUMBER

「投げるのも受け止めるのも誰も教えてくれない」フィギュアペア黎明期を支えた選手が語る「成り行きで出てしまったような」五輪出場の舞台裏 

text by

NumberWeb編集部

NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web

PROFILE

photograph byAsami Enomoto/JMPA

posted2026/02/26 11:00

「投げるのも受け止めるのも誰も教えてくれない」フィギュアペア黎明期を支えた選手が語る「成り行きで出てしまったような」五輪出場の舞台裏<Number Web> photograph by Asami Enomoto/JMPA

歴史を塗り替えた二人。ペア種目の黎明期を支えたスケーターも万感の思いで見守った

 スロージャンプに関しては、他国では恐怖心を取り除くために沢山のスポンジを敷き詰めたプールのような場所で練習をスタートさせるが、二人は薄い体操マットのような場所で直接技に挑戦していた。

「ファンも中国代表と思っていたみたい…」

 それでも見よう見まねで技術を身につけ、1991年のミュンヘン世界選手権では15位に入った。「日本から応援に来ているファンが、僕たちのことを中国代表と思っていたみたい。ペアに日本の選手が出ていることを誰も知らなかった」と小山さんは当時を振り返る。

 オリンピック出場への道のりも今からは考えられないものだった。代表選考がかかった全日本選手権の約1週間前、突然コーチから「全日本はペアのみで出場してくれ」と通告された。シングルでの五輪出場への道が閉ざされた瞬間だった。「学生ながらに、色々な状況を推測して、自分には選択肢がないと感じ取っていました」

ADVERTISEMENT

 最終選考の全日本選手権では、ペア競技の出場は小山・井上組だけ。競う相手はいなかった。「こんなことを語るのもおこがましいというか……。何としてでも五輪に出るとか感動的なものは全くなくて、正直、成り行きで出てしまったような感じだった」と小山さんは笑顔で振り返る。

 <本編へつづく>

 ◆

 この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

関連記事

BACK 1 2
#木原龍一
#三浦璃来
#成瀬葉里子
#高橋成美
#小山朋昭
#井上怜奈
#ミラノ・コルティナ五輪
#オリンピック・パラリンピック

フィギュアスケートの前後の記事

ページトップ