オリンピックPRESSBACK NUMBER
「男子はイリア、イリア、イリア…彼一色でした」高い期待のウラで誹謗中傷も…老舗メディア編集長に聞く“スポーツ大国”アメリカが報じたミラノ五輪
text by

一野洋Hiroshi Ichino
photograph byAsami Enomoto / JMPA
posted2026/02/21 17:02
アメリカ国内でも大きな話題を呼んでいた男子フィギュアのイリア・マリニン。圧倒的な金メダル候補だったが、8位とメダルを逃す事態に
テイラー氏はこう続ける。
「どの国でもそうかもしれませんが、特にアメリカでは自国のアスリートが報道の中心になります。彼らが活躍していたり、強い個性を持ったスター選手がいたりすれば、視聴者もより多くなる傾向があります」
「イリア、イリア、イリア…ほぼ彼一色」の話題性
ミラノ五輪でその傾向がより鮮明だったのが、男子フィギュアスケートだったという。
ADVERTISEMENT
「イリア・マリニンはアメリカでは本当に大きな話題でした。男子ではほぼ彼一色と言っていいと思います。日本のスケーターは演技こそ放送されましたが、それ以外での扱いはほとんどないですね。とにかく『イリア、イリア、イリア』という感じでした。今では完全に知名度のある存在で、今後のエキシビションでも大きな集客力になると思います」
成績以上に「地元スター」の存在は五輪の熱量を大きく左右する。アメリカにとって今大会の男子フィギュアは、その意味で成功例と言えるだろう。
一方で、大きな期待は結果が出なかった時の落胆とも表裏一体だ。
男子個人でメダルを逃したマリニンは、演技後に自身のインスタグラムで「卑劣なネット上の憎悪が精神を蝕んでいる」と誹謗中傷に苦しむ胸中も打ち明けている。
また、女子アルペンスキーのリンゼイ・ボンのクラッシュは「印象的だった」とテイラー氏はいう。
「実はボンのクラッシュはアメリカンフットボールのスーパーボウルが開催された当日だったんです。それでもこの出来事は大きなニュースになりました。週末のニュースにおいて、スーパーボウル本体とハーフタイムショーに次ぐ“第3のニュース”でした」
巨大イベントの陰にあっても、五輪関連のニュースが確実にアメリカの関心の中にあった証左だろう。
2006年、アメリカで感じたトリノ大会の静けさ。当時はテレビ中心の時代だったこともあり、大会の盛り上がりは街の空気感とリンクして可視化された。今は視聴が個人化し、熱量が分散している。五輪の熱気が高まったとしても、一見するとその熱が見えにくくなっているのは日本も同様だろう。
トリノ五輪から20年――アメリカで変わったのは「五輪の価値」だけではなく、スポーツを見るファンたちの「熱の現れ方」なのかもしれない。


