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加藤大治郎の鈴鹿、ストーナーの早すぎる引退、ロッシの“キック”…グランプリ取材37年の遠藤記者が選ぶMotoGP「5大事件簿」 

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遠藤智

遠藤智Satoshi Endo

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posted2026/01/29 17:00

加藤大治郎の鈴鹿、ストーナーの早すぎる引退、ロッシの“キック”…グランプリ取材37年の遠藤記者が選ぶMotoGP「5大事件簿」<Number Web> photograph by Satoshi Endo

2003年の日本GP鈴鹿サーキットでピットアウトする加藤大治郎

④日本勢の参戦縮小のなか誕生した世界王者・小椋藍

 2024年10月27日、小椋藍が日本人としては初めてMoto2クラスの世界チャンピオンを獲得した。日本人の世界王者は2009年の250ccクラス(現Moto2クラス)の青山博一以来15年ぶり、7人目の快挙達成だった。

 21世紀はすべてのクラスのエンジンが2ストロークから4ストロークに変わるなど、レース界が大きく変化してきた時代。参戦数が大幅に減少したこともあり、日本人選手がなかなか表彰台に立てない時代が続いた。もう、日本人チャンピオンは生まれないのではないか……。そう思っていた頃に小椋藍は登場した。

 藍のタイトル獲得の瞬間を忘れることはない。なぜなら、藍のチャンピオン決定のパフォーマンスは異色の「将棋」だったから。タイトルに王手をかけたタイGPのレースを前に、藍の所属するチームから将棋盤に並べる駒の配置を頼まれた。チャンピオンTシャツを着た藍がコース上にバイクを停め、彼のチームメカニックを相手に最後の一手を指し、勝つ。その瞬間「チャンピオンおめでとう」とみんなに祝福される、という筋書きだった。

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 同じ年のインドネシアGPで、大ちゃんこと加藤大治郎が2001年に世界チャンピオンになったときに使った日章旗を、2位でチェッカーを受けた藍に手渡せたことも忘れられない。大ちゃんの果たせなかったMotoGPチャンピオンという夢を、藍に託せたような気がしたからだ。

 藍は子どものころから、どうすれば世界チャンピオンになれるのかを考え、努力してきた。世界に出てからはMoto3からMoto2、昨年は最高峰クラスのMotoGPクラスに上り詰めた。「大きいバイクになればなるほど、自分の積み上げてきたことしかできない」と藍は語る。

 今日も藍はトレーニングに励む。努力を惜しまない藍の姿にはいつもほれぼれさせられる。藍の次なる目標は最高峰クラスの優勝。そしてチャンピオンである。

【次ページ】 ⑤2022年ドイツGPで遂にノーポイント…最強ホンダの凋落

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